第578話 立派な貴族

 情報収集に行っていたライオネルが戻って来た。その話によると、今日のところは荷物だけを村まで送り届けることにしたようだ。確かにそうすれば、明日からは身軽な状態で村まで行くことができる。移動時間も短くてすむはずだ。


「俺たちが持って来た肥料も一緒に持って行ってもらえないかな?」

「そのことも聞いてきましたが、問題ないとのことでした」

「よし、それじゃさっそく頼みに行くとしよう」


 ライオネルに連れられて、これから村へと向かう集団のところへとやって来た。俺たちが持って来た荷馬車も一緒にお願いすると、快く引き受けてくれた。


「確かに届けますので安心して下さい」

「村に到着したら、荷馬車はそのまま放置で構いません。よろしくお願いします」


 荷物を運ぶ集団が出発する。俺たちはそれを最後まで見送った。俺たちにできることはこれくらいしかないからね。

 さて、まだ時刻は昼を少し過ぎたころだぞ。これからどうやって時間をつぶそうかな?


「ファビエンヌ、時間があるみたいだから、町の中を散策するのはどうかな?」

「ご一緒させていただきますわ」


 弾むような声。その顔は花が開くかのような笑顔だった。ファビエンヌによろこんでもらえたようでうれしい。でもよく考えれば、これってデートだよね? 俺も自然とデートに誘えるようになってきたか。もう立派な貴族だな。


 護衛のライオネルとネロを連れて町へと繰り出した。もちろんファビエンヌとは手をつないでいる。遠慮なんて、クシャクシャにしてゴミ箱にシュートだよ。なぜなら俺たちは婚約者だからね。怪しい宿に連れて行かなければ大丈夫だろう。


 町の中を歩く。が、しかし、さすがに浄化の目処がついたというウワサだけでは、人は戻ってきていないようである。閉まっている店が多いな。ちょっと残念。それならそれで、観光名所を巡ることにしよう。

 町での買い物はあきらめて、観光名所と思われる場所を訪ねることにした。


「大きな木工所だね。あれは木材を切る魔道具かな? 動いていればすごい迫力だったと思うよ。見てみたかったな」


 視線の先には大きな丸い刃のついた魔道具が置いてある。あの刃を回転させて、木材を加工していたのだろう。

 しかし今は人気もなく、ガランとしている。なんだか寂しい光景だな。このまま木材が入手できなければ、いずれはこの木工所もなくなってしまうことだろう。


「そのためにも、一日でも早く、緑の再生を行わなければなりませんわね」

「そうだね。でも、また御神木を作るのだけはなんとしてでも避けたいかな。御神木になったら、木材として利用できないだろうからね」

「確かにそうですわね。畏れ多くて、切り倒せないと思いますわ。気をつけないといけませんわね」


 ファビエンヌが笑っている。ファビエンヌはさっきまでちょっと寂しい顔をしていたけど、俺の冗談で少しは元気が出てくれたかな?

 分かってはいたことだが、俺たちの役割はずいぶんと重いみたいだ。それでもなんとか目処はついている。あとは現地にまいて、その後の経過観察をするだけである。


「そろそろ戻ろう。明日も朝から出発するはずだからね。しっかりと体を休めておいた方がいい」


 ファビエンヌを連れて、早めに宿へと戻った。

 宿に戻ると、そこにソフィア様とエルヴィン様の姿は見えなかった。どうやら俺たちと同じように、町の中を見て回っているようだ。この町の光景を見て、ソフィア様が落ち込まなければいいんだけどね。ソフィア様が原因というわけではないのだから。




 翌日、ちょっと暗い顔をしたソフィア様たちと共に山の麓の村へと向かう。

 手荷物は最小限。馬車を引く馬も軽やかな走りを披露している。これなら予定よりも早く現地へ到着しそうだな。


 日が頂点へたどり着く前に、俺たちは村へと到着した。そこからは以前と同じように黒々とした山が見える。その光景をなるべくファビエンヌに見せないように、過保護なくらいに頭を下げさせる。


「ユリウス様、そこまでしていただかなくても大丈夫ですわよ。あのときは心の準備ができていなかっただけですから。今はもう大丈夫ですわ」

「分かったよ。でも、少しでも気分が悪くなったら、必ず俺に言うんだよ」

「はい」


 笑顔を浮かべるファビエンヌ。今のところは大丈夫そうである。無理をしなければいいんだけど。また前回みたいに、夜眠れなくなったりしないよね? そうなればまた一緒に同じベッドで寝ることに……それはそれでいいかもしれない。


 そんなファビエンヌを連れて、昨日のうちに運んでもらった肥料を確認する。穴が空いて中身がこぼれ出していたり、数が減っていたりはしていないようだ。これなら問題なく肥料をまくことができるな。


 よしよし、と思っていると、今にも倒れそうになっているソフィア様の姿を見かけた。エルヴィン様が体を支えているが、これはよくない状態だな。急いでソフィア様の元へと向かう。


 残念なことに、精神安定剤なんてものは持っていないんだよね。作ったこともない。こんなことなら、心を安定させる魔法薬を作っておくべきだった。


「ソフィア様、無理をしてはいけません。村長の家で休んでおいて下さい。あとは私たちがやっておきますので」

「ユリウス様……申し訳ありませんわ。エルヴィン様からお話は聞いていたので大丈夫だと思っていたのですが、予想を超えておりましたわ」


 エルヴィン様も肩を落としている。きっと俺と同じように、なるべく見せないようにしていたんだろうな。でも、この国のお姫様のお願いを無視することはできなかった。そんなところだろう。


「エルヴィン様、ソフィア様をお願いします。二人の分まで、ちゃんとけがれた大地の浄化と、緑の再生を行っておきますので」

「ありがとう。ソフィア様のことは俺に任せて欲しい」


 エルヴィン様の言葉にうなずきを返す。これでソフィア様のことは大丈夫だろう。時間が経過すれば、ショックも収まるはずだ。

 ファビエンヌもここに居てもらった方がいいのでは? そんな考えが頭をよぎったが、頭を振ってその考えを振り払った。


 置いて行かれたファビエンヌの気持ちになってみろ。絶対にそっちの方が嫌だから。ファビエンヌが倒れたら俺が支えればいい。ただそれだけのことだ。

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