第566話 自然を愛する男

 戻って来たネロと一緒にお茶の時間にした。こうでもしないとネロが休みを取らないだろうからね。昨晩、ファビエンヌから働き過ぎだと言われたばかりので、なるべくお茶の時間を取るようにしよう。


「ネロ、ご苦労だったね」

「いえ、もったいないお言葉です。ソフィア様はすでにご存じのようでしたよ。手紙を渡すと、しきりに何度もうなずいていました」

「驚かなかったということはそうなんだろうね。これでソフィア様も、国王陛下や他の人たちに報告しやすくなったかな?」

「そうかもしれませんわね。実物も見に来るかもしれませんわ」


 やりかねないな。試験場の庭師が説明するんだろうなー。尾びれ背びれがつかなければいいんだけど。お手柔らかにお願いしますよ。

 お茶の時間を終えた俺たちは作業を再開した。さすがにこの建物に設置されている調合室では狭すぎる。そうなると庭の一部を借りるしかないな。


 建物の前に桶などを運んでいると、続々と庭師たちが戻って来ては、再び荷物を持って出ていった。

 どうやら急ピッチで仕事をしているようだ。申し訳ないことをしてしまったな。俺が苗木に与える肥料を加減しておけばこんなことにはならなかったのに。


「ユリウス様、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか?」

「大丈夫だよ、ファビエンヌ。ちょっと庭師たちに悪いことしちゃったなと思ってさ」

「そんなことはありませんわよ。ほら、見て下さい。みなさんの顔が生き生きとしておりますわ。昨日とは全然違います」

「確かにそうかもしれないね」


 言われて見ればそんな風にも見えるな。昨日はなんだかどんよりしたような空気を感じることがあったのに、今は晴れやかになっている。きっと緑の再生に希望が見えたからなんだろうな。それなら俺だけが暗い顔をしているわけにはいかないか。


「よし、肥料作りの準備はこれで大丈夫そうだね。庭師たちの仕事が終わるまでは育った苗木の調査だ。急激に生長したことで何か問題が起きているかもしれないからね」


 小屋の管理人に出かけることを告げて、苗木の試験場へと向かった。そこにはまだ何人かの人がいたものの、ちゃんと自分たちの仕事に戻っているようだった。

 ここに残っているのは試験場で働いている人たちなのだろう。


「ずいぶんと立派に育っているけど、ちょっと立派になりすぎじゃない? 普通、ここまで大きくなるのかな?」

「確かにそうですわね。樹齢千年と言われても、納得してしまいそうですわ」


 うーん、この世界のシダーウッドのことはあんまりよく知らないんだよね。そんなときは聞くに限る。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、だからね。


「すみません、シダーウッドってこんなに大きく育つものなんですか?」

「ユリウス様ではないですか。こちらへいらっしゃっていたのですね。それが、普通はここまで大きくなる前に伐採するのですよ。ですから正直に言わせていただければ、どこまで大きくなるのかは分かりません」

「えっと、それじゃ、今この木は未知の大木になっているということですか?」

「そうなりますね。先ほどから観察させていただいているのですが、まだ少しずつ大きくなっているみたいなんですよね」

「……」


 それってまずいじゃん! このままだと、この木がレイブン王国のランドマーク的なものになってしまう。今すぐ止めないと。慌ててまいていた肥料を回収する。

 危険だ。この肥料は危険だ。危ない。使うなら慎重に使わなくてはならない。ファビエンヌの顔も真っ青だ。俺と同じことを想像したようである。


「危なかった」

「危なかったですわね。これ以上、大きくなると、御神木になるところでしたわ」

「どうしよう、今すぐ伐採するべきだと思うんだけど、許してもらえるかな?」


 ネロとライオネルも含めてみんなでアワアワとしていると、試験場がちょっと騒がしくなった。何事かと思ってそちらを振り向くと、ソフィア様とエルヴィン様がこちらへ向かって来ていた。

 その顔は太陽のように輝いていた。うお、まぶしっ!


「お手紙を読んだら居ても立っても居られなくなってしまって、こちらへ来てしまいましたわ」

「これはすごい。まるで女神様が奇跡を起こしたかのようだ。こんなに立派なシダーウッドは初めて見たよ」


 シダーウッドの大木を見上げる二人。確かに大きく、立派に育っているけど、完全に予想外なんだよね。もっと時間をかけて生長する予定だったのに。どうしてこんなにうまくいかないんだ? 前に作った植物栄養剤よりも生長効率がいいよね?


「それは私が力を貸したからだよ」

「え? 森の精霊様じゃないですか!」


 振り返るとそこには緑色の仮面をつけた、二足歩行するカメの姿があった。この姿、間違いなく森の精霊様だ。まだ呼んでいないんだけど、どうやら何かを察してこちらへ来てくれたようだ。


「も、森の精霊様? こちらが話に聞いていた……」

「ウワサ通りの神々しいお姿をしておりますね」


 そうかな? 俺にはどう見てもあやしいカメにしか見えないんだけど。そんな俺の内情はさておき、ソフィア様とエルヴィン様が森の精霊様にあいさつをしていた。

 どうやらこの計算外の生長速度は森の精霊様の力によるもののようである。ということは、緑の再生に森の精霊様も力を貸してくれるというわけだ。これはありがたい。


「湖と川と土のから話を聞いている。もちろん私も力を貸そう。ユリウスは本当に自然を愛してくれているのだな。私は今、猛烈に感動しているぞ」


 そう言われればそうだったかもしれない。俺は自然を愛する男、ユリウス・ハイネ!

 あ、森の精霊様がプルプル震えている。あの仮面の下は涙でぬれているのかもしれないな。

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