第565話 大きな杉の木の下で

 新たに室内訓練場に自動魔石粉砕機が設置された。これで合計四台。魔石の粉の生産量によっては、ここで作業する人を減らすことができるだろう。

 レイブン王国内が大変なことになっているのは分かってる。少しでもそちらに人員を使って欲しい。


「これで設置は完了しました。あとの作業はお任せしますね」

「任せて下さい。何かあれば、すぐに知らせます」

「よろしくお願いします」


 報連相は大事だからね。すぐに俺に連絡が来るのはうれしい。これで安心して肥料作りに取りかかることができるぞ。

 一日で生産できる、魔石の粉の量は明日の午前中にでも聞きに来ればいいかな。そんなわけで、俺たちはその足で苗木の試験場へと足を向けた。


「ユリウス様、あれ……」

「あー、ファビエンヌにも見えるんだ。幻じゃないみたいだね」

「なんだか人が集まっていますね。あの場所は確か、昨日ユリウス様が肥料をまいた場所の辺りですよね?」

「ネロもそう思う? 俺もそんな気がするんだけど」


 目の前の光景が幻であったらどんなによかったことか。集まっているのは庭師たちのようである。どうやら俺が使用した肥料の効果が気になったようだ。自分たちの作業を始める前に様子を見に来たのだろう。


 そして集まっているところを見ると、苗木に何かあったということだよね? まさか、失敗しちゃった? そんなバカな。この俺が失敗するだと!

 そんなことを思っていたら、ムギュっと腕が柔らかいものに挟まれた。ファビエンヌだ。


「ユリウス様、目をそらさないでよく見て下さい」


 よく見る? ファビエンヌの胸の話かな? いや、違うだろう。想像以上に順調に育ちつつあるようだが、違うだろう。


「ユリウス様、何やら大きな木が見えますな。あれは、シダーウッドで間違いないでしょう。昨日、ユリウス様が肥料をあげた苗木でほぼ間違いないでしょうな」

「ウソだ、ウソだそんなことー!」

「現実と戦って下さい、ユリウス様」


 ファビエンヌがちょっとあきれたような声を出した。ウソだと言ってよファビエンヌ。まさか一晩でこんなに大きくなるだなんて。効果が低いから問題ないと思っていたんだけど、どうやら肥料を与えすぎたようだ。


「ファビエンヌ、俺は一体どうしたらいいと思う?」

「こうなってしまっては、今さらごまかせませんわ。現実を受けて止めて、これからどうするかをみなさんと話し合うしかないと思いますわ」

「そうだね。ファビエンヌの言う通りだね。起きてしまったものはしょうがない。少量の肥料でも十分に効果があることが分かっただけでもよしとしよう」


 言い換えればそういうことである。これで山のような肥料を準備する必要はなくなったと言えるだろう。肥料作りと言う名の、第二のブラックな職場ができなくてよかった。今はそう思うことにしよう。


 ファビエンヌを腕にくっつけて、恐る恐る現場へ近づいた。いつも何かと気をつかってくれる庭師のお姉さんが俺たちに気がついた。


「ユリウス様! 見て下さい、こんなに立派なシダーウッドに成長しましたよ! 試験は大成功です」

「そうみたいですね。まさか一日でこれほど大きく育つとは思いませんでしたけど……。ちょっと肥料を与えすぎたようですね。この感じなら、十分の一くらいの量でよさそうです」


 そこからは大騒ぎになった。どうやら庭師たちの大半が俺の苗木試験を気にしていたようで、ほとんどの人がここに集まっていたのだ。色々と質問を受けながら、あくまで使ったのは新型の肥料だということにしてもらった。


「新型の肥料ということは、私たちにも作れるということですよね?」

「その通りです。実は今回の試験がうまくいったら、みなさんに肥料作りを手伝ってもらおうと思っていたのですよ」

「それはもちろん問題ありませんが、本当に私たちにも作れるのですか?」

「大丈夫ですよ。使っているのはどれもみなさんがいつも使っている肥料ですからね」


 再び騒ぎが大きくなった。まさか既存の肥料を組み合わせるだけでこのようなことになるとは思ってもみなかったのだろう。

 確かに普通なら無理だろうな。ただ混ぜるだけじゃなくて、抽出したり、加熱したりしたからこそ、完成した肥料なのだから。


 おっと、これ以上、ここで時間を使うと庭師たちの仕事が滞ってしまう。そうなると評価が落ちるのは庭師たちだ。

 そこでまずは自分たちの仕事を終わらせるようにと言って、その場を解散させた。これでひとまずは大丈夫かな? たぶん、ソフィア様にも連絡が行ってるんだろうなぁ。


「俺たちも庭師の休憩所へと向かおう。みんなが戻って来るまでには、肥料作りを教えられる態勢を整えておかないといけないからね」

「ソフィア様へ連絡しておいた方がよろしいですわよ。こちらから話すのと、だれかから知らされるのでは印象が違いますもの」

「それじゃ、まずはソフィア様に手紙を書こう。その間にファビエンヌには道具の準備をお願いするね。ネロは素材を集めて来て欲しい。ライオネルはファビエンヌの護衛だよ」


 指示出しはこれで十分だろう。俺からの手紙が届けば、ソフィア様もエルヴィン様も大騒ぎしないはずだ。くれぐれも、魔法薬ではなく、ただの肥料だということを書いておかないといけないな。これで万事滞りなく進んでくれればいいんだけど。


 手紙を書いて、戻って来たネロに渡す。ネロはすぐに城へと手紙を持って行ってくれた。ネロの代わりに素材を集めていると、何か言いたそうな顔をしたライオネルが手伝ってくれた。


 大丈夫だぞ。ちゃんと魔法を使って運んでいるから。見た目よりも全然重たくないからね。ライオネルには俺の手伝いよりも、護衛の任務をしっかりとこなしていただきたいものだ。まあ、この建物の中にも、周囲にも、殺気なんてないんだけどね。そのことにはライオネルも気がついていることだろう。

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