第558話 清濁併せ呑む

 庭師のお姉さんに案内されて休憩室へと戻ってきた。そこには続々と庭師たちが帰って来つつあった。どうやら朝の確認作業は終わったようである。ここで一息いれたら、本格的な手入れを開始するのだろう。


 庭師たちとあいさつを交わしていると、お姉さんが土を持って来てくれた。量はそれほど多くないが、この色は間違いなく、あのとき浄化した土である。

 お礼を言ってから受け取り、よく観察する。


「よしよし、土壌の中に、必要な成分は全部そろってるみたいだな。特に肥料を追加する必要なさそうだ」

「それでは、必要なのは魔法薬の成分だけなのですね」

「そうなるかな」


 他の人たちに聞こえないようにファビエンヌとコソコソと話す。

 追加の肥料を与えなくてすむのはうれしい誤算だ。これで大量の肥料を用意する必要はなくなったぞ。ただ単に、肥料型の植物栄養剤を追加投入すればいいだけなのだ。


 遅効性の肥料にするために、植物栄養剤を固形化しようと思っている。そこさえクリアしてしまえば、庭師たちを巻き込んで”肥料作成”と言う名の共同作業で大量の肥料型植物栄養剤を作ることができる。


「植物栄養剤を液体から固体にしようと思う」

「そのようなことができるのですか?」

「たぶんできると思う。そしてその固体の植物栄養剤を肥料として扱うことにする」


 あ、ファビエンヌが不安そうな顔をしている。ここはきちんと説明した方がよさそうだ。ファビエンヌのかわいい顔をそのままにするわけにはいかない。


「大丈夫だよ。ここにある肥料を利用して魔法薬を作るからさ。だれがどう見ても、肥料を作っているようにしか見えないよ」

「確かにそうかもしれませんが……」

「それに、ここで魔法薬だと言ってしまえば、魔法薬師にしか作れなくなってしまう。そうなると、大量生産するのは難しくなる」


 ファビエンヌが神妙な顔をしてうなずいた。どうやら納得してもらえたようである。

 王城にいる魔法薬師たちは浄化の粉も初級体力回復薬も作らなければならないのだ。それに加えて肥料型植物栄養剤も大量に作るとなれば、とてもではないが、魔法薬を作る人手が足りない。


 だが、肥料として扱えば、庭師たちだけでなく、他の人たちにも作業を手伝ってもらうことができるのだ。かなりのグレーゾーンだと思うが、俺が新しい肥料だと言い切れば、それは肥料であって魔法薬ではないのだ。


 可及的速やかに緑の再生を行うためにはそうするのが一番だろう。

 もちろん、俺自身を前面に押し出すのであればその限りではないけどね。でもそれは最終手段だ。今はまだそれをするべきではない。


「ユリウス様、もしこのことで何か怒られるようなことがあれば、私も一緒に怒られますわ」

「ありがとう、ファビエンヌ。そうならないように全力を尽くすよ。もっとも、緑の再生がうまくいくのであれば、この程度のことは問題ないと思うけどね」


 国の運営というものは、清濁併せ呑む必要がある。そのことはレイブン王国の国王陛下も分かっているはずだ。

 スペンサー王国の国王陛下も、まだ成人していないにもかかわらず、俺たちを魔法薬師として承認してくれた。魔法薬なのか、肥料なのか、など大した問題ではないだろう。


 方針が決まったところで、改めて肥料の確認作業をする。素材として薬草を使いたいところだが、さすがにそれは難しいか。薬草は浄化の粉にも初級体力回復薬にも使っているからね。


 比較的、手に入れやすい素材だとしても、大量消費してしまうと供給が足りなくなる。

 他にも回復薬として薬草は利用されるのだ。先日のボーンドラゴンとの戦いで、かなりの数の回復薬を消耗しているのは間違いないだろう。そうなると、今現在、国内の魔法薬師たちがこぞって回復薬を作っているはずだ。


「何か使えそうな素材はないかな……うん、この肥料に含まれている成分がよさそうだぞ。これを蒸留水に溶け込ませて回収しよう。あとは、これなんか使えそうだな」

「これは……トレビの実ですか? 確か、水はけをよくするために土へ混ぜるものですわよね」

「そうだね。このトレビの実には小さな穴がたくさん空いていてね。そこに植物栄養剤の成分を保持させようと思う」

「なるほど。雨が降るたびに、そこから有効成分が溶け出るようにするわけですわね」

「正解」


 さすがはファビエンヌ。すぐに俺の考えに気がついたみたいである。肥料の中に含まれている素材の一つなので、楽に手に入れることができるだろう。これなら不足することもないはずだ。


「ユリウス様、こちらの腐葉土は魔法薬の作成で使い終わった薬草を混ぜ込んであるみたいですわ」

「え? 本当だ。まさかこんな使い方があるだなんて思わなかった。出がらしかもしれないけど、これはこれで使えそうだな」

「ここでの独自の肥料なのでしょうか?」


 ファビエンヌも初めて見たようである。これはもしかすると、この場所には思った以上に使える肥料があるのかもしれない。一つ一つ、慎重に調べてみる必要があるな。

 そのまま俺たちは庭師たちに教えてもらいながら、納屋に置いてあった肥料をすべて確認して行った。

 その結果、いくつか使えそうな肥料を見つけることができた。


 昼食の時間になった。庭師たちにお礼を言ってから城へ戻ることにする。自動魔石粉砕機のことも気になるし、ジョバンニ様たちに関してはノータッチだ。さすがに一日に一度くらいはあいさつしないといけないだろう。


 でもその前にお昼ご飯である。食事は部屋で食べた。王城内に設置してある、お客様向けの食堂に行ってみたい気もするけど、無用なトラブルに巻き込まれたら大変だからね。

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