第557話 庭師のみなさんと肥料

 ひとまず室内訓練場でやるべきことを終えた俺たちは、さっそく庭師たちのところへ向かった。この時間はだれもいないかもしれないな。庭園の保守点検を総出で行っているはずである。


 さすがにまだ調合室の準備はできていないと思う。でもそれでいいのだ。今日は使われている肥料の成分を調べるつもりなのだから。それを元にして、改良型肥料、グングンノビール(仮名)を作るのだ。


「おはようございます。だれかいませんかー? だれもいないな。お邪魔するなら今のうち」

「ユリウス様、なんだか悪いことをしているみたいですわよ。どうして音を立てないようにして歩くのですか」

「なんとなく」


 忍び足で移動する俺をファビエンヌがあきれた様子で見ていた。いいじゃない。ここのところだれかに見られて騒ぎになることが多かったからさ。まあ、ほぼ俺が原因なんだけどね。


 前回はゆっくりと室内を見て回れなかったので、今回は遠慮なく見て回る。外から見ても、それなりに大きな建物だったけど、中は予想よりも広かった。

 部屋もたくさんある。これなら一室くらい借りても大丈夫そうだな。ダメそうなら予定を変更して、近くの空き地に土魔法で家を建てようと思っていたからね。


 次は隣の納屋へと向かう。園芸用の道具や肥料はこっちにあるはずだ。……どうやら鍵がかかっているようだな。だがこの程度の鍵、どうということはない。

 内ポケットからピッキング道具を取り出し、数秒で鍵を開ける。


 カチャリ、と音がして扉が開く。そのまま扉を開けると、土の匂いが押し寄せてきた。独特の香りである。ファビエンヌが嫌がるかな? いや、大丈夫そうだ。

 それもそうか。実家の庭の一部をファビエンヌ自身が手入れしているからね。慣れっこかもしれない。慎重に中へ入る。抜き足、差し足、忍び足。


「ユリウス様……」

「ほら、ファビエンヌも」

「いえ、あの、どこでそのような技術を身につけたのですか?」

「え、魔法で開けた方がよかった?」

「そうではなくて」


 俺たちが騒いでいるのに気がついたのだろう。いつの間にか戻って来ていた庭師がこちらへやって来た。昨日、俺たちを迎えてくれた庭師の人だ。俺たちを見て、驚いたかのように目を大きくさせた。


「ユリウス様にファビエンヌ様ではないですか! 来ていらっしゃったのですね。休憩室で待っていてくれたらよかったのに。あら? もしかして、納屋の鍵が開きっぱなしでした?」


 そう言いながらこちらへとやって来て鍵を確認する。

 口をつぐむ俺。ファビエンヌもネロもライオネルも、同じように口を閉じていた。何も知らない庭師のお姉さんはしきりに首をかしげながら扉を確認していた。


「あの、使っている肥料を見たいのですが、見学させてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろんですよ。それでこの場所にいらっしゃったのですね。ユリウス様は行動が速いと聞いていましたが、本当だったのですね」


 そう言いながら俺たちを納屋の奥へと案内してくれた。

 そんなウワサが流れているのか。話の出所はソフィア様かな? いや、ジョバンニ様という線もあるのか。そんなことないのに。俺はダラダラ派だぞ? 確認しようと思ってファビエンヌの顔を見たら、左右に振られた。どうやら俺はせっかちのようである。


「こちらが今、使っている肥料になりますわ」

「思っていたよりも色んな種類がありますね」

「それぞれの植物に合う肥料を探していたら、こうなってしまいましたわ」


 眉を下げているが、それが庭師のこだわりというものなのだろう。ハイネ辺境伯家で行われている”植物栄養剤によるごり押し”に比べると、植物たちにとってはよさそうである。これなら王城の庭がおすすめスポットになるのは当然か。


「これだけ種類があるのなら、ソフィア様が庭師たちを頼るのは当然ですね。私の力は必要ないかもしれません」

「いえ、そんなことはありませんわ。ユリウス様が力を貸して下されば、きっとすごい肥料が完成するはずです」

「そうですよね、庭師のみなさんと協力すれば、きっとすごい肥料が作れますよね!」


 ここぞとばかりに”庭師のみなさん”と”肥料”を強調しておく。

 これで俺の作った魔法薬が緑の再生に役立ったとはならないはずだ。そうなるのは、庭師たちと作った肥料になるはず。いいぞ~。

 思わずニヤリとしそうな口元を隠そうとして手を当てていると、ファビエンヌと目が合った。苦笑いしているな。


「そ、それじゃあさっそく肥料を見せてもらいますね。お、この肥料はファビエンヌも使ってる肥料じゃないかな?」

「ええ、そうみたいですわね」


 ファビエンヌの苦笑いが深くなる。許して。

 肥料は成分の配合が違うだけで、使われている素材はどれも似たようなものだった。この小さな配合の違いが、将来的に土の中で大きな差を生み出すことになるのだ。


 植物によっては酸性の土壌を好んだり、アルカリ性の土壌を好んだりするものがあるからね。

 しかし今回はそのどちらにも対応できる植物栄養剤が必要だ。植生によって肥料を使い分けるのでは、使い勝手が悪い。何も考えずにただ肥料をまくだけで”あら不思議、森になっちゃった”ってしなければならないのだ。たぶん。


「なるほど、なるほど」

「ユリウス様、何か分かったのですか?」

「ほら、浄化の粉をまいた場所の土壌は肥沃な土壌になるじゃない? だからそこに、足らない成分だけを追加すればいいんじゃないかと思ってね」

「確かにそれならこの場で作る肥料の量も少なくてすみますわね」


 さすがに山全体にまく肥料をこの場で作るのは大変だろう。山にはすでに肥沃な大地が広がっているのだ。そこに特定の成分を混ぜた方が早いと思う。そっちの方が楽でもあるからね。


「そのためには浄化の粉を使ったあとの土をよく調べないといけないな。そうなると、現地にもう一度行った方がいいのかもしれないね」


 しかし困ったぞ。そうなると、ファビエンヌにあの光景をもう一度、見せることになってしまう。できればそれは避けたいのだが……ファビエンヌを置いて行ったら怒るよね?

 そう思っていると、庭師のお姉さんが朗報を教えてくれた。


「サンプルとしてソフィア様から浄化したあとの土をいただいておりますわ。それを調べればよろしいかと思います」

「それはありがたい。さっそく確認させてもらいますね」


 さすがはソフィア様。抜かりなし。これで作業がはかどるぞ。

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