第559話 ドンドンノビール

 午前中の時間はなかなか有意義な時間を過ごすことができたと思う。朝から庭師たちのところを訪ねた価値があったというものだ。これなら”魔法薬じゃないのか”と疑われることもなく、植物の生長を促進させる効果を持つ肥料を作ることができる。どう見ても肥料を作っているようにしか見えないだろうからね。


「できれば午後から肥料型植物栄養剤を作りたいところだな」

「名前はそれにするのですか?」

「おっと、そうだった。この名前だとよくないね。よし、ドンドンノビールにしよう」

「ドンドンノビール」

「そう、ドンドンノビール」


 微妙な顔をするファビエンヌ。もしかしてダメだった? それじゃ、ドンドンノビールにしようかな。あ、ネロもライオネルもファビエンヌと同じような顔をしているな。どうやら不評のようである。


「えっと、それじゃ、どんな名前がいいかな?」

「いえ、ドンドンノビールでよろしいと思いますわ。ユリウス様らしくて」

「それってどう言う……まあ、いいか。堅苦しい名前にすると、魔法薬と間違われるんじゃないかと思ってさ」

「そう言われると、確かにそうかもしれませんわね」


 今度は納得の表情になった。なるべく魔法薬感を出したくないというのが俺の考えである。もしこんな名前の魔法薬があったら、俺なら投げ捨てていると思う。だが今回はそれでいいのだ。


 昼食を終えた俺たちは、まずは魔石砕きの現場へ行くことにした。自動魔石粉砕機はまだ動いているかな? 午前中はずっと使いっぱなしのはずなので、耐久性に問題があれば、何か問題が起こっていることだろう。


 室内訓練場へ到着すると、どうやら今から作業を再開するようだった。自動魔石粉砕機は……元気に動いているな。ひとまず問題はなさそうである。


「ユリウス様! この自動魔石粉砕機は素晴らしいですね。作業員が三人くらい増えた感じですよ」

「この動きを参考にして、強さよりも回数を増やすようにしています。そのおかげで体への負担もずいぶんと軽減しました」

「分かっているとは思いますが、ちゃんと休みを取って下さいね?」

「もちろんですとも! しっかり休みながらやっていますよ」


 とてもよい返事が返ってきた。続々と昼食から戻って来た人たちを見ても、つらそうな感じの人はいなさそうだ。どうやらちゃんと俺との約束を守ってくれているようである。

 ホッと安心しつつ、自動魔石粉砕機の状態を確認する。


 特に問題はなさそうだな。パワーを抑えているおかげで、容器の変形も最小限にとどまっている。これなら長期的に使用しても大丈夫だろう。そこからは自動魔石粉砕機の使い心地について話を聞いた。


 意見として多かったのが、もっとハンマーを振り下ろす速度を速くしてもいいのではないかということだった。

 そこでみんなの意見を聞きながら速度を調整する。速度を上げればそれだけ音がうるさくなるのだが、そこはみんなと相談して、許容範囲内に収まったと思う。みんなは耳栓もつけているし、大丈夫だろう。


 他にも粉砕後の魔石を取り出しやすいように改良する。装置を止めたあと、手動でハンマーを持ち上げられるようにした。作業が少し複雑になるが、自動魔石粉砕機を担当する人にしっかりと覚えてもらうことで対応する。これなら大丈夫。


「これでひとまずみんなさんの意見は出そろいましたかね? なるべく早いうちに、追加の完成版自動魔石粉砕機を持って来ます」

「よろしくお願いします」


 自動魔石粉砕機への期待値が高いのか、みんな、なかなかいい目をしていた。自動魔石粉砕機の数を増やせば、ここでの作業員も減らすことができるはずだからね。ドンドンノビールを作るのも大事だが、自動魔石粉砕機を作るのも忘れてはダメだな。ちょっと忙しくなりそうだ。


 魔石砕きの現場視察の次は調合室へと向かう。ここではジョバンニ様たちが頑張っているはずだ。魔石の粉もそれなりに届いているはずだし、浄化の粉の作成もはかどっていることだろう。


「今は浄化の粉を冷ましている段階みたいだね」

「二袋分くらいになりそうですわね」


 作業台にある容器の中には浄化の粉が広げてあった。ここでくしゃみでもしようものなら怒られるだろうな。

 調合室内を見渡してみると、どうやら今は初級体力回復薬を作っているようだった。他にも別行動をしている人がいる。緑の再生へ向けた魔法薬を開発しているのだろう。


「ユリウス先生、来ていらっしゃったのですね。それなら声をかけてくれたらよかったのに」

「みなさんが忙しそうだったので、邪魔しないようにと思いまして。浄化の粉の作成は順調みたいですね」

「魔石の粉が滞りなく届けられていますからね。聞きましたよ、なんでもユリウス先生が魔石砕き用の魔道具を開発されたとか?」

「こちらにもその話が伝わっているのですね。これからその魔道具の数を増やすつもりなので、魔石の粉の供給量も少しずつ増えていくと思います」

「それは朗報ですね」


 これからもっと忙しくなることになるのに、とてもうれしそうである。それだけみんな、国土のいち早い復興を願っているということか。俺も頑張らなければいけないな。

 そのあとは魔法薬の開発についての話を少しだけする。


 ハイネ辺境伯領で植物の生長を促進させる魔法薬が出回っていることはジョバンニ様たちも知っているはずだ。その話をこの場で出さないのは、俺に遠慮しているからなのだろう。もしその魔法薬を使うつもりなら、俺がその話をするはずだからね。

 きっとみんなは、俺に何か考えがあってその話を出さないのだと思っているはずだ。


 どうしよう、話した方がいいのかな? でも肥料として作れる算段が俺の中にできているんだよね。だからもう少しだけ待って欲しい。断腸の思いではあるが、今はまだ黙っておくことにした。

 無事にドンドンノビールの開発が終わったら、そのときはみんなに謝ろう。

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