第546話 土の精霊

 二度目の散布にはファビエンヌも参加した。エメラルドグリーンのカーテンが大地へと広がって行く光景を見て、息を詰まらせている様子だ。


 散布が終わるとすぐにファビエンヌを回収する。あの光景は見せられないよ。

 過保護と言われようが、エロガッパと言われようが、俺は一向に構わないぞ。それにしても、どうしてファビエンヌからはこんないい匂いがするのだろうか。不思議だ。


 全部で二回、浄化の粉の散布を行った。俺たちは村へと戻ることにしたが、研究者たちの何人かは引き続きその場で調査をするようだ。夜には帰ってくるらしい。見た感じでは、二十五メートルプール五個分くらいの面積を浄化できたと思う。


 これを広いと見るか、狭いと見るか。浄化の粉一袋でこの面積なら、費用対効果はよさそうである。だがあの山をすべて浄化するには、果てしない量の、浄化の粉が必要になりそうだ。


 魔石砕きチームには追加の差し入れが必要だな。初級体力回復薬だけでは心もとない。体力だけじゃなく、精神力を回復する魔法薬も必要かもしれない。でもそれって完全に薬物投与だよね。どうしよう。


「ユリウス様、何か問題でもありましたかな?」

「大きな問題はないけど、時間がかかりそうだなと思ってさ」

「確かにそうかもしれませんな。一ヶ月という期限付きですが、延長も視野に入れた方が無難かもしれません」

「そうなると、ロザリアとミラが寂しがるだろうなー」


 二人から、帰ってくるのが遅いと言われそうだ。きっとご機嫌も斜めになっていることだろう。斜めになった機嫌をまっすぐにするためにも、何かお土産がいるな。ここはやはり蓄音機か? うん、よさそうな気がしてきたぞ。


 村に戻ってきた俺たちはわずかに残っていた村人たちに、あっという間に囲まれた。どうやら村長がダッシュで村まで戻り、みんなに報告したようである。結構お年をおめしているように見えたんだけどな。思ったよりもフットワークが軽いみたいだ。


「神の魔法薬で大地を清めてくれたと聞きました。ありがとうございます!」

「ありがとうございます! これで先祖伝来のこの土地を離れなくてすみます」

「いえ、大したことではありませんよ。それよりも、この辺りの水はまだ飲まないようにして下さいね。まだ体にはよくないと思います」


 大地の浄化はできたが、あの黒い山をなんとかしない限りはこの辺りの水質は改善しないままだろう。それどころか、その水から再び汚染が広がるはずだ。そう考えると前途多難だな。浄化の粉でなんとかなるのかな?


 そんな一抹の不安を感じつつ、借り受けている家へと戻ってきた。考えても仕方がない。今できることを、精一杯するだけである。

 まだちょっと顔色が優れないファビエンヌの口に、せっせとドライフルーツを運んでいると、なんだか慌てた様子の村人がやってきた。何かあったのかな?


 村人の様子にライオネルが剣の鞘に手を置き、いつでも抜ける体勢を取った。それを見た村人が震えるような声を出した。これ完全にライオネルにビビってるな。本気を出したライオネルは怖いのだ。


「何があった?」

「そ、その、ユリウス様を訪ねてきた人たち? がおりまして」


 人たち? なんで疑問形なのか。まさか……来ちゃった?


「その人たちって、変な仮面をつけてなかった?」

「はい、つけております」

「ライオネル、どうやら精霊様が来てくれたみたいだ」

「そのようですな」

「ファビエンヌはこのままここに……」

「いえ、私も一緒にいきますわ」


 キッパリと宣言したファビエンヌ。あの刺激的な二足歩行する筋肉モリモリのカメたちを見せても大丈夫だろうか? 見せるのはよくない気もするけど、ファビエンヌの意志も尊重したい。


「分かったよ、ファビエンヌ。俺の腕につかまっているように」

「分かりましたわ?」


 いぶかしんでいるがひとまずはこれでよし。待たせるわけにはいかないし、待たせると騒ぎになりそうなのですぐに外に出た。そこには予想通り三人の精霊様がいた。三人?


「えっと、あの、お久しぶりです?」

「おお、ユリウス、心の友よ。会いたかったぞ」

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「あ、初めまして」


 茶色の仮面をつけたカメがなんだかちょっとモジモジとした様子であいさつをしてきた。なんだろう、見た目は強そうなんだけど、中身は弱々な感じがする。ひとまずは当たり障りのない話をしておこう。


「初めまして。あの、精霊様で間違いないですよね?」

「そ、そうです。ボクは土の精霊です」

「土の精霊様!」


 声を上げたのはいつの間にか集まって来ていた村人だった。そして瞬時に理解したことだろう。この一見、変態に見える三人組が精霊様であることに。名前を呼ばれた土の精霊様はまたモジモジとし始めた。なんだかなぁ。精霊様にも色んな性格があるんだな。


「初めまして。ユリウス・ハイネです。あの、湖の精霊様と川の精霊様には私の思いが伝わっているのでしょうか?」

「もちろんだとも。貴殿には感謝している。こうして土の精霊を救ってくれたのだからな。さすが我が盟友」


 うんうんとうなずく川の精霊様。俺にはまだよく分かっていないところもあるが、どうやら知らない間に土の精霊様を救っていたらしい。それならそれでよし。この場に現れたということは、きっと協力してくれるということなのだろう。


「ありがとう。ユリウスのおかげで、こうして姿を取り戻すことができたよ。別の場所の大地をなんとかしていたら、いつの間にかこっちのボクが使い物にならなくなっててね。そのときは自分の力がここまで弱まっているのかと絶望したものだよ。でも、もう大丈夫」


 悪気はないのだろう。俺の方を見て、土の精霊様が笑顔になった。ちょっと土の精霊様、それみんなに言ったらダメなやつ! また俺がやらかしたことになっちゃう!


「ユリウスから力を回復させる魔法薬をもらったからね。まだ完全復活とはいかないけど、それも時間の問題さ」


 そう言って力こぶを作る土の精霊様。それに会わせて、湖の精霊様と川の精霊様もマッチョなポーズを取った。知らずに顔が引きつりそうになった。

 上級魔力持続回復薬を提供したからね。今も失われてしまった魔力が回復しつつあるのだろう。

 うれしいのは分かるけど、でも秘密にしておいて欲しかったなー。

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