第538話 ちょっとした演奏会

 お風呂からあがると、待っていましたとばかりにライオネルが近くへ寄ってきた。そして衝撃的な言葉を発した。あまりのことに、思わず冗談じゃないかと思って聞き直した。できれば冗談であって欲しい。


「なんだって、ライオネル?」

「先ほど、音楽室を借りる許可をソフィア様からいただきました。その際、ソフィア様とエルヴィン様、それから国王陛下と王妃殿下もご一緒したいと……」

「な、なんだってー!」


 どうしてこうなった、どうしてこうなった。ちょっと音楽室を借りようとしただけなのに。一体どんな風に伝わればそうなるんだ。ソフィア様が俺の生演奏が聴けると国王陛下と王妃殿下に自慢したのかな?


「ユリウス様……」

「言うな、ライオネル。分かってる。今さら断るわけにはいかない。やるしかないな」

「ジョバンニ様もお呼びしますか?」

「……それはやめておこう。魔法薬をたくさん作って疲れているだろうからね」


 あ、ライオネルから微妙な目で見られたぞ。呼ばないんだ、フーンみたいな目。冷たい人だと思われたかな? ええい、しょうがないな。


「分かったよ、分かった。ジョバンニ様たちにも一声かけておこう。強要はするなよ、ライオネル」

「もちろんですとも」


 いい顔で笑うライオネル。夕食を一緒に食べたと言っていたが、そのときに一体何があったんだ? とても疑問だ。

 どうしてこうなったと悩んでも仕方がない。こうなったからにはやるしかないのだ。


 ライオネルにジョバンニ様たちに連絡するように頼んでから、急いで部屋へ戻った。蓄音機を手に取ると、そのまますぐに音楽室へと向かう。場所はネロが調べていてくれたようで、すんなりと到着することができた。まさか、すでに待ってたりしないよね?


「お待ちしておりました」


 音楽室には数人の使用人が待っていた。よかった。ソフィア様たちはまだ来ていないみたいだ。使用人たちにこれからピアノの演奏をすることを話すと、心得たとばかりに、足早にこの場を去って行った。


 走って行くほどの緊急事態なのかと思いつつもピアノの具合を確かめる。防音の魔法を使っているので近所迷惑にはならないはずだ。つらつらと適当に演奏していると、ライオネルがジョバンニ様たちを連れてやってきた。


「ユリウス様、このたびは演奏会に呼んでいただき、まことにありがとうございます」

「いや、あの、つたない演奏ですが、楽しんでもらえたらうれしいです」


 一緒にやってきた魔法薬師たちもニッコリだ。

 ……演奏会? いつからそんな催し物に進化しているんだ。ただ録音するだけのつもりだったのに。もしかしなくても”夜に演奏会をするよ”みたいに、みんなに伝わってる?


 そんな疑問を胸に抱いている間にも、続々と偉い人たちがやってきた。ソフィア様とエルヴィン様だ。なんだか夜の静かな時間にこんなことをして、申し訳ない気持ちになってきたぞ。


「蓄音機がもう完成したのですね」

「はい。こちらが王妃殿下へ贈る蓄音機です。どうでしょうか?」

「お母様の大好きなお花がこんなにたくさん。きっと喜ぶと思うわ」


 装飾の施した、可憐かれんな花のように笑うソフィア様。どうやら及第点はもらえたようである。よかった。これでちょっと肩の荷が下りたぞ。本番はこれからだけどね。


 そうこうしている間に国王陛下と王妃殿下もやってきた。日中の仕事を終えて、夜の時間をゆっくりと過ごしていたことだろう。服装もどこかゆったりとしたものへと変わっていた。


 そんな貴重な時間をこんなところで費やしてもよかったのかな? 本人たちの希望なのだろうが、ちょっと心配になってくる。せめて、ムダな時間だったと思わせないようにしなければ。


「すまないな、ユリウス様。ソフィアがあまりにもこの演奏会のことをうれしそうに話すものだから、私たちも気になってしまってね。無理を言って参加させてもらったよ」

「ソフィアが持っている蓄音機から流れる演奏も素晴らしかったわ。それが直接、聴けるだなんて。とっても楽しみだわ」

「あ、ありがとうございます。楽しんでいただけるように頑張ります。あの、こちらが王妃殿下へ献上する蓄音機になります」


 やっぱりそんなことになっていたのか。まあ、こうなってしまったからにはしょうがない。全力を尽くすだけである。

 俺が差し出した蓄音機を見た王妃殿下が目を大きくして固まっている。だがその目はランランと輝いている。どうやらお気に召したようである。


「これからその蓄音機へ、僭越せんえつながら私が演奏した曲を記憶させていただきます。演奏中の声も同時に記憶することになりますので、記憶が終わるまで静かにしていただければと思います」

「もちろんよ。遠慮なく演奏してちょうだい」


 満面の笑顔になる王妃殿下。そして王妃殿下の返事を聞いて、他の人たちも神妙な顔をしてうなずいている。この場に同席する使用人たちもである。……なんか使用人たちの数が増えてないですかね? まあいいか。


 ゆっくりと聞いてもらえるように、イスやソファーを用意してもらった。三十分くらいのちょっとした演奏会だけど、ゆっくりしていってね!

 そんなわけで、記念すべき第一回ユリウスピアノリサイタルが開催されたのであった。


 この話をお母様やダニエラお義姉様が聞いたら怒るかな? なぜ今までやらなかったんだって。だってしょうがないじゃないか。まさか馬車での移動の暇つぶしに作った魔道具が、こんな結果になるだなんて思いもしなかったのだから。


 ピアノの演奏は問題なく行われていく。それもそのはず。『演奏』スキルを使っているだけだからね。無意識に指が動く感じである。

 そしてここで新たな発見があった。どうやらこの世界でもスキルは上がるようである。


 これまで使ってきたスキルはすでに上限に達していたからね。だからスキルが上がることはなかった。だが、ここのところ演奏を繰り返していたことで、まだ上限に達していない『演奏』スキルが上昇したのだ。


 そのおかげでこれまで以上に楽に演奏することができた。これなら疲れ知らずで長時間演奏しても問題ないぞ。絶対にやらないけどね!

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