第537話 活動的

 せっかくの楽しい夕食の時間が暗いものになりつつあることに、エルヴィン様が気づいたようである。そこからはエルヴィン様が一人の騎士として、レイブン王国を駆け回っていたときの話をしてくれた。


 その話はまさに珍道中。見慣れない食事に果敢に挑戦して失敗したことや、山賊に襲われて返り討ちにしたこと。そしてその山賊たちを会心させて、町や村の自衛団をやらせたり、騎士団に所属させたりしていることを聞いた。


 ……何をやっているんですか、エルヴィン様。俺よりも波瀾万丈はらんばんじょうな人生を歩んでるじゃないですか。そりゃ、ボーンドラゴンにも戦いを挑むはずだわ。

 そしてその話をソフィア様が楽しそうに聞いているところをみると、ソフィア様がエルヴィン様にほれた理由はそこにあるのかもしれない。


「エルヴィン様はすごいですね。私にはとてもできそうにありません」

「そうかな? ユリウス様はユリウス様で、また別の意味ですごいと思いますけどね」


 苦笑するエルヴィン様。どうやらソフィア様から俺のことについては色々と聞いているようだった。そのソフィア様はダニエラお義姉様から話を聞いているんだろうな。やぶをつついてヘビが出ると困るので、これ以上はつつかないようにしよう。


「男性の方は冒険に憧れると聞きましたが、ユリウス様もそうなのですか?」

「私は別にそんなことはないですね。何かを作る方が好きです」


 冒険ならすでに長年やってきたからね。何か欲しい素材があるとかでもない限り、冒険へ行くことはないだろう。それにこれでもハイネ辺境伯家の三男だからね。そう簡単には冒険になんて行かせてもらえないと思う。


「ユリウス様、冒険へ行くときは私も連れて行って下さいね」

「ファビエンヌ? そんな可能性はないからね。安心してていいからね」


 なぜか目を輝かせているファビエンヌ。もしかして冒険に憧れているのかな? 本の読み過ぎではないだろうか。それとも、ここのところ旅する機会が増えたので、それに味を占めたとか? 困ったな。


 そんなファビエンヌをソフィア様が優しく諭して、その場はなんとか事なきを得ることができた。ファビエンヌの中にはやんちゃな部分が眠っている。そのまま眠りから覚めないように気をつけなければ。




 夕食の時間を終えて部屋へ戻ると、すでにネロが戻っていた。部屋には他にライオネルの姿もあった。

 ソフィア様が言っていたように、魔道具の素材も届けられている。これで追加の蓄音機を作ることができるな。


「二人とも食事はどうだった? こっちはエルヴィン様から色んな話が聞けて面白かったよ」

「おいしくいただきました。途中でジョバンニ様たちと合流したので、そちらの様子をうかがってきました」


 気が利くな、ライオネル。夕方からは忙しくて魔法薬師たちの様子を見に行けなかったからね。ファビエンヌの魔法薬作りを手伝ってくれたみたいだし、みんなの様子が気になっていたのだ。


「レイブン王国の魔法薬師たちはちゃんと休んでた?」

「ええ、そのようですな。そのかいあって、調合室を広々と使うことができたと言っておりましたよ」

「ジョバンニ様らしいな」


 ファビエンヌと顔を見合わせて笑う。あの量の初級体力回復薬を短時間で用意できたのは、そのためだったようである。おかげで助かった。あとでちゃんとお礼を言わないといけないね。


「これから蓄音機を作るから、その間にみんなはお風呂に入りに行っても構わないよ」

「私はユリウス様と一緒に入ります」


 ネロがキッパリとそう言った。どうやらそれが自分の任務だと思っているようだ。ときには俺がいないところで、ゆっくりとお風呂に入ってもらっても構わないのにな。なんだか申し訳ない気持ちになった。


「私もユリウス様と一緒にお風呂に……」


 上目づかいでこちらを見上げるファビエンヌ。これは断れないな。水着も持ってきていることだし問題ないだろう。決して俺がスケベなわけではない。決して。


「分かったよ、ファビエンヌ。それじゃ、一緒にお風呂に入ることにしよう」

「それでは私は先に入ることにしましょう。私が戻るまで、うかつに部屋からは出ることのないようにお願いします」

「分かってるよ、ライオネル。安心してゆっくりお風呂に入ってきていいからね」


 ちょっと眉間にシワが寄っていたが、ライオネルは一つうなずいて部屋から出て行った。もしかして、信用されてない? そんなぁ。

 各部屋に風呂が備えつけてあればよかったのだが、さすがにそうはいかないからね。かと言って、風呂に入らないわけにもいかないだろう。


「蓄音機は今日中に作ることができるけど、録音は後日になるかな。明日は浄化の粉を作る予定になっているからね」

「ユリウス様は防音の魔法を使えるのですよね? それならお風呂からあがったときに、音楽室を借りればよいのではないですか?」

「そうだね、そうしようかな。王妃殿下を待たせるわけにはいかないからね」


 演奏曲は同じにしておこう。後腐れがないようにしておかないとね。さすがに何度も演奏するのはつらい。演奏スキルがあがって、音楽家への道が開かれると困る。


 そんなことを考えつつ、蓄音機を完成させる。模様は夕食の時間にソフィア様から聞いていた、王妃殿下の好きな花をあしらうことにした。もちろんレイブン王国の国旗も忘れずに入れておく。あとは王妃殿下の名前も入れておかないとね。


 将来、だれか別の人の手に渡ったときに、プレミアがつくかもしれない。それに、元の持ち主が王族だと分かれば大事にしてもらえるかもしれないからね。

 ライオネルが戻って来たところでみんなでお風呂へと向かう。その途中で、音楽室を借りたいと使用人に話しておいた。これでお風呂からあがったころには話が伝わっているはずだ。


「またユリウス様の生演奏が聴けるのですね。楽しみですわ」

「まさかそんなに楽しみにされるとは思ってなかったよ。録音するための演奏だから、大きな声を出さないようにね」

「もちろんですわ」


 うーん、目が輝いているな。ファビエンヌだけじゃない。ネロもなんだかうれしそうだ。当然、ネロもついてくることになるな。ライオネルも。ちょっとした演奏会になりそうだ。

 そう思っていたんだけど、どうやらそれだけでは収まらないみたいだった。

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