第522話 実在するかも
まずは旅の疲れを癒やすべく、用意してもらった部屋へと移動した。ファビエンヌとネロと三人になったところで、先ほどライオネルから聞いた情報を共有しておく。
ソファーに座ると、すぐにファビエンヌが隣に座り、ネロがお茶の準備を始めた。
「聖女がいるって話は疑わしいみたいだよ。ライオネルがさっきそう言ってた。どうやら”自称聖女”らしい。たぶんだけど、聖女であることを証明できていないんじゃないかな」
「そ、そんな……それじゃ、さっきライオネルがユリウス様に耳打ちをしていたのは、そのことだったのですね」
「うん」
ファビエンヌが動揺している。ネロは口が開いているな。まあ、そうなるよね。俺も同じ意見である。人に変な期待を持たせるんじゃない。でもその自称聖女を担ぐことで収入を得て生きている人たちもいるんだろうな。なんか複雑な気分だ。
「それでは浄化魔法の話もウソだったのですね」
「そうかもしれないね」
ガッカリするファビエンヌに対して、あやふやな答えを返しておく。浄化魔法は実在するからね。否定はしないし肯定もしない。ファビエンヌに真実を話せないのがちょっと心苦しいが、今は我慢だ。
「けがれた大地を元に戻せるのでしょうか。なんだか不安になって来ましたわ」
「ファビエンヌ……」
ファビエンヌが俺にしなだれかかる。その愁いを帯びた顔も美しいと思ってしまう俺は、もう重症なのだと思う。ファビエンヌは順調に”かわいい”から”美しい”へと進化しつつあるようだ。俺はどうなのかな? ちゃんと紳士になってる?
「一応、役に立ちそうな魔法薬はある」
「それは……それもユリウス様がおばあ様からいただいた、魔法薬の本に書いてあった魔法薬なのですか?」
「そうだよ」
もちろんウソだ。そんなものは存在しない。ハイネ辺境伯家へ帰ったら、コッソリとそのページを追加しておく予定である。バレなきゃそれはウソではないのだ。どうせあの魔法薬の本は俺しか見ないからね。
「マーガレット様は一体どこでそのような魔法薬を学んだのでしょうか?」
「なんでもすごい魔法薬師のところへ弟子入りしていたみたいだよ。そこで学んだらしい」
その魔法薬師がどこのだれなのかは俺は知らない。昔から続く魔法薬の作り方を伝承していたみたいだったけどね。今でもどこかに本家がいるのかもしれない。いつか会うこともあるだろう。
少し考え込んだファビエンヌだったが、すぐに顔をあげた。
「その魔法薬は一体どのようなものなのですか?」
「浄化の粉という魔法薬だよ。これを使えば、その粉を振りまいた一帯が浄化されるはず」
「浄化の粉」
そのまんまなネーミングにファビエンヌの口が半開きになっている。閉めてあげようかと迷ったがやめておいた。その代わりに、ネロが入れてくれたお茶を飲んだ。ちょうど喉が渇いていたところである。ついでにクッキーも食べようかな。
「ユリウス様、そのような魔法薬があるなら、なぜ先ほどの場で言わなかったのですか?」
一仕事終えたネロが話に加わって来た。ネロをソファーに座らせて、そのことについて話すことにした。とは言っても、答えは簡単である。
「名前からして使えそうだと判断したけど、浄化の粉で本当にけがれた大地が元に戻せるのかが分からないからだよ。あまり変な期待を持たせるのはよくないと思ってさ」
「確かに事前に試すことはできなさそうですね」
「汚染された大地を作ることはできないからね」
ネロがなるほどとうなずいているが、実のところ、これもウソである。けがれた大地を作り出す魔法薬は存在する。だが、そんなものの存在をほのめかすつもりもなければ、作り方を教えるつもりもない。そして、それを作るつもりもない。黙っておくのが賢明だ。
「それでは実際にその場所に行って試してみるしかないわけですわね。その魔法薬を作るのは難しいのですか?」
「そこまで難しくはないけど、魔石を粉にする必要があるから、そこがちょっと大変かもしれない」
「魔石を粉に? どうやって粉にするのですか?」
堅さに定評のある魔石だ。ファビエンヌが疑問に思うのも当然だろう。だが、なんのことはない。目には目を、魔石には魔石をである。
「魔石と魔石を打ちつけるんだよ。強い力でそれをやれば、少しずつだけど粉になるんだよ」
「ずいぶんと力業ですのね」
俺の答えに眉を下げるファビエンヌ。ファビエンヌには無理だろう。魔石の粉を大量生産するなら、力の有り余った騎士たちにお願いするしかないな。屈強な騎士なら、一日中、魔石に魔石をたたきつけるという作業をしても大丈夫なはずだ。
想像するだけでブラックな職場だな。辞める人が出て来そう。
「他にはオリハルコン砥石で削るっていう方法もあるよ。これなら力はいらないね」
「オリハルコンは伝説の金属でしたわよね? レイブン王国にあるでしょうか」
「どうかな? 聖剣があるくらいだから、もしかするとあるかもしれないね。あ、聖剣で削ってもらうという手もあるのか。聖剣なら魔石も切れるだろうからね」
「そんな使い方をすると、聖剣に怒られそうですわね」
その発想はなかったとばかりにファビエンヌの顔が引きつっている。まさか聖剣をヤスリ代わりに使うとは思わなかったのだろう。俺としては使える物はなんでも使うべきだと思っている。大事に飾っておいてもなんの役にも立たない。有効活用した方が、聖剣も喜んでくれるはずだ。
「よし、浄化の粉で効果があったら、エルヴィン様に頼んで聖剣を借りよう」
「本気ですか?」
ネロがちょっと身を乗り出した。どうやらネロも”それはない”と思ったようである。これはもしかすると、思った以上に反対されるかもしれないな。だが俺はあきらめない。
ブラックな職場とホワイトな職場。どちらがいいかは聞くまでもないだろう。聖剣さえあれば、だれでも簡単に魔石を粉にすることができる。見た目はシュールかもしれないが。
「もちろんだよ。その方が速いし、楽だからね。この国に聖剣があってよかった」
喜ぶ俺を見る二人の顔はどちらもあきれ顔だ。もうどうにも止まらないと思っているのだろう。その通りだけどね。
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