第523話 天才音楽家?

 これからの予定を二人と話す。ソフィア様の話によると、明日には王都へ向けて出発することになっているようだ。ここでソフィア様とエルヴィン様が待っていたのは、俺たちが大切なお客様だからである。


 身分の高い二人が来たのは、同盟国からの支援に感謝を示すためだろうと最初は思ってい。しかし、どうやら本命は俺の護衛だったらしい。レイブン王国を影から救ってくれた英雄として、知る人ぞ知る存在になっているようだ。公にされていないのはレイブン王国の優しさだと思っておこう。


「王都に着いたら祝賀会が開かれるとかないよね?」

「そのようなお話はなかったと思いますわ」

「そうだよね。そんなことやってる場合じゃないよね」


 ちょっと不安になってきたぞ。あとでソフィア様に聞いておこう。そして準備しているとか言われたら、やんわりとお断りを入れておこう。国が傾いているときにそんなことやってたら、国民から怒られるぞ。


「向こうに着いたら、まずは国王陛下へあいさつすることになるだろうな。そのあとは情報収集だね。けがれた大地にどんな対策をしたのかを聞かないといけない」

「けがれた大地に足を踏み入れても大丈夫なのかが気になりますわ」


 顔色を悪くしたファビエンヌ。未知の領域に足を踏み入れることになるからね。心配するのも当然だ。

 現在、けがれた大地で分かっていることと言えば、植物の育ちが悪くなるということだけだ。健康被害の話は聞いていない。


 もしそんな話があれば、お父様は俺たちが行くことを許可しなかっただろう。

 だが、万が一という可能性もある。ファビエンヌの言う通り、そのことについては詳しく聞いてみるべきだろうな。勝手な先入観は持たない方がいい。危ないところだった。


「確かにそうだね。しっかりと話を聞いておこう。あとはどの程度、魔法薬の素材が手に入るかだね。問題なく手に入るといいんだけど」

「もしかすると、この辺りで集めておく方がいいかもしれませんわね」

「よし、夕食のときにソフィア様たちに聞いてみよう。また戻って来ることになるよりかはずっといいからね」


 休憩のつもりが、なんだか難しい話になってしまったな。お互いに考えていたことを共有できたことだし、この辺りで本格的にゆっくりしよう。

 俺はおもむろに蓄音機へ手を伸ばした。そしてスイッチを入れる。蓄音機からファビエンヌの歌声が聞こえてきた。


「これだけでも蓄音機を作ったかいがあったよ」

「ううう、こんなことならもっと歌の練習をしておけばよかったですわ」

「今のままでも十分だよ」


 ファビエンヌのつややかな髪をなでた。シャンプーとリンスのおかげで、以前よりもずっとキレイで美しくなっている。絹のような触り心地とはまさにこのことなんだろうな。

 かわいい婚約者の髪を触りながら音楽を聴く。まさにリア充だな。


「もう、もう! またそんなことばかり言って。そうですわ。ユリウス様にも歌ってもらいましょう!」

「え、俺も?」

「はい!」


 うーん、いい笑顔。断れないな。この世界に来てから本気で歌ったことはないけど、音痴ではなさそうなんだよね。それもそうか。女神様はスキルをそのまま持たせた状態で俺をこの世界に送ってくれた。その中には音楽に関するスキルもあるのだ。


 もちろん俺もいくつかそのスキルを持っている。暇に飽かして色んなスキルをゲットしておいてよかった。せっかくだから、演奏スキルも試してみたい。

 お、ちょうどよくこの部屋にはピアノがあるな。


「それじゃあ、一曲。ピアノがあるから演奏つきで歌うよ」

「ユリウス様、ピアノがひけたのですね」

「あれ、ネロは知らなかった?」

「はい。私だけじゃなくて、みんな知らないと思いますよ」


 うーん、いい笑顔。なんだかアレックスお兄様と似てきてない? だがしかし、ネロは俺の専属の従者である。どんなことが起きても受け入れてくれるのだ。そしてファビエンヌは俺の婚約者。こちらもやはり、どんなことが起きても受け入れてくれる。信じてるからね?


 ピアノの前に座る。さて、どんな曲にしようかな。さすがにこの世界の歌じゃないとまずいよね。アニソンとか歌ったらとてもまずいことになりそうな気がする。

 でも、せっかくだから歌ってみたいじゃない。

 今の自分の実力を試してみてもいいじゃない。


 そんなわけで、俺は元気が出るような、明るいアニソンを歌った。調子に乗った俺は三曲くらい歌った。

 どの曲も二人がとても喜んでくれた。そしてその曲はもちろん録音されている。これからは馬車の中でも、部屋の中でも聞くことができるのだ。


「どれも初めて聞く歌ばかりでしたわ。それに、とっても元気が出ました」

「ユリウス様、一体どこでこの歌を? まさか、マーガレット様が残した本に……」

「載ってないからね、ネロ? この曲は……王都へ行ったときに、吟遊詩人が歌っていた曲なんだよ。すごくいい歌だったから、印象深くてさ」


 え? みたいな感じで二人の動きが止まった。俺なんかまたやっちゃいましたかね? 止まった二人を見て、俺も同じように止まる。まるで時間が止まったかのようだ。


「ユリウス様、一度聞いただけで覚えたのですか? 演奏まで?」

「ユリウス様には音楽の才能もありましたのね。これなら有名な音楽家にもなれますわよ」


 うお、まぶしっ! 二人が俺を見る目がとてもまぶしい。これは死ぬまで異世界から来たことは言えそうにないな。そんなことを言えば、俺の評価はガタ落ちだろう。おお怖い。

 そしてどうやら天才音楽家として、二人に承認されたようである。あ、ネロがすごい勢いで手帳に何か書き込んでいる。


 最近知ったんだけど、あの手帳はお父様への報告のためだけでなく、ネロの日記にもなっているみたいなんだよね。あの手の動きは日記として俺の活躍を書き記しているときの動きだな。そのうち俺を題材にした”ユリウス伝記”なるものが発売されるかもしれない。

 できれば止めたいところだな。なんだかとても恥ずかしい内容になっているような気がする。


 それから夕食の時間になるまで、俺が歌った曲はヘビロテされたのであった。

 これは早めに釉薬ゆうやくで固定した方がいいな。万が一上書きでもしてしまったのなら、二人に怒られそうだ。

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