第521話 国境の街での再会

 スペンサー王国から派遣された一団は特に問題なく、レイブン王国の国境の街へと到着した。馬車の窓から見える景色は、以前にここへ来たときと変わった様子は見られなかった。


「この辺りにはボーンドラゴンの影響はないみたいだね」

「そうですわね。住民の皆さんが不安そうな顔をしているわけでもないですし」


 今日はこの街で一泊することになっている。俺たちを含めた馬車の一団は見覚えのある場所へと向かった。そこは負傷したエルヴィン様と初めて出会った屋敷である。

 屋敷の前には見慣れた姿があった。ソフィア様とエルヴィン様だ。


「お待ちしておりましたわ」

「よく来て下さいました! 何度、お礼を言いたいと思ったことか」


 俺たちを見つけるなり、二人が駆け寄ってきた。エルヴィンにいたってはすでに半泣き状態である。

 討伐に行ったエルヴィン様の帰りを待たずに帰っちゃったからね。悪いことしちゃったかな?


 でも、あのままいると、ズルズルとレイブン王国に滞在することになっていたと思うんだよね。祝賀会とか、勲章授与式とか、婚約記念パーティーとか。ダニエラお義姉様からある程度聞いているぞ。


 エルヴィン様はダニエラお義姉様から何か聞いているのかな? その件については一切触れずに、ただ静かな感傷にひたっていた。それはそれで何事なのかと目立つんだけどね。


「ゲートキーパーはお返ししたのですね」

「それはもちろん。あれはレイブン王国の聖剣だからね。でも、何かあったときの優先権は俺にあるらしい」


 コソコソと話す。この話は他の人には聞かれてはならない。エルヴィン様もそれは分かっている。そしてエルヴィン様がフレンドリーに話してくれてホッとしている。あのまま敬語で話されたらどうしようかと思っていたのだ。


 二人に案内されて屋敷の中に入った。前に来たときよりも、ずっと華やかな装いになっているな。

 サロンへ行くと、すぐにボーンドラゴン討伐の話になった。この場には俺たちしかいない。そのため、ある程度、他では話せないことを話しても大丈夫である。


 ネロとライオネルが今にも身を乗り出しそうな勢いで、エルヴィン様の話を聞いている。ライオネルもネロと同じ、少年のような目をしているな。何歳になっても、冒険譚には憧れがあるようだ。


「ボーンドラゴンとは恐ろしい魔物ですな。話を聞いた限りでは、倒せたのが奇跡のように思えてなりません」

「ボクもそう思います」

「俺もそう思いましたよ」


 エルヴィン様は笑っているが、ライオネルとネロが首を左右に振って大きなため息をついた。ファビエンヌは……話を聞いて青ざめているな。そんなファビエンヌの手を握って温めてあげると、すぐに握り返してきた。


「ユリウス様は怖くありませんのね?」

「もちろんだよ。聖剣を使えば間違いなく倒せると思っていたからね」


 安心させようとファビエンヌに笑いかけていると、ソフィア様とエルヴィン様が姿勢を正した。それに気がついて、俺たちも姿勢を正す。


「ユリウス様、この度は数々のお力添え、本当にありがとうございます」

「ありがとうございます。俺がこうしてここへいられるのも、すべてユリウス様のおかげです」


 二人がそろって頭を下げた。ファビエンヌとネロ、ライオネルは神妙な顔をしている。

 ここでしっかりと受け入れて、お互いに対等な立場に持って行かなければならない。

 すぐに頭を上げさせたい衝動をグッと抑えた。


「私一人だけの力ではありませんよ。ですが、そう言っていただけるのなら、ありがたくそれを頂戴しましょう。ですから、頭を上げて下さい」


 ようやく二人が頭を上げた。さて、ここからが本番だな。今回俺たちがここへ来たのは、二人に頭を下げてもらうためではない。汚染された大地の復興という、大きな仕事を手伝うためなのだ。


「ボーンドラゴンによる被害はどの程度のものなのですか?」

「ボーンドラゴンが現れた山を中心に黒い大地が広がっているんだよ。最初はその山だけの問題だと思っていたんだけど、その山から流れる川にも影響が出始めてね」


 聞くところによると、その山の上に降った雨が汚染された大地を通過することで、けがれた水になってしまっているようだ。その川の水を利用している農地では、作物が腐ってしまい、育たないらしい。


 そしてジワジワと川沿いの土地が汚染され始めているようなのだ。

 それってまずいじゃん。山と川沿いの土地がすべてダメになってしまう。レイブン王国の国土からすれば一部なのかもしれないが、多くの人に被害が出るのは間違いない。


「それではまずは、その山の汚染をなんとかするところから始める必要がありそうですね」

「私たちもそれを第一に取り組んでおりますわ。ですが、なかなかよい成果が得られていないようなのです」


 時間がたてば汚染は自然になくなると思う。だがそれには何十年、何百年と時間がかかるかもしれない。さすがにそこまでの時間をかけてはいられないというわけだ。王城についたら、まずはどんなことをしてきたのか、話を聞かないといけないな。


「実際にやってみなければなんとも言えませんが、できる限りのことをやらせていただきますよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


 再び頭を下げる二人。その目には希望の光がともっているように思えた。間違いなく、俺に期待しているな。

 頼りにされるのはうれしい。でもそうなると、何かやらかしてでもやらなきゃいけなくなるんだよね。こればかりはやってみないと分からないか。


「あの、浄化魔法とかはどうなのでしょうか?」

「浄化魔法? ファビエンヌさん、よくそんなことを知っておりますわね。確かに浄化魔法を使えば、というお話はありますわ。ですが、聖女様をレイブン王国へ連れて来るのは難しいという結論になりましたわ」

「そうだったのですね」


 ガッカリするファビエンヌ。そして俺は内心、非常に驚いていた。

 聖女! そんな存在がこの世界にいるのか。初めて聞いたぞ。アレックスお兄様もダニエラお義姉様も、そんなことは一言も言わなかった。何か意味があるのかな?

 そう思っていると、ライオネルが耳打ちしてきた。


「ユリウス様、聖女の存在は疑わしいと思った方がよろしいです。勝手にそう名乗っているだけだというのが一般的な解釈です」

「なるほど」


 偽物なんかーい! そしてその偽物にもすがろうとするほど、レイブン王国は窮地に立たされているということだ。

 もしかしてその山と川は、レイブン王国にとって重要な場所だったりするのかな? するんだろうなぁ。これはますます失敗できないぞ。

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