第490話 見学会

 それからの夕食は仕事のことや、新商品のことは忘れて、みんなで食事の時間を楽しんだ。明日は俺もハイネ商会を訪ねることにしよう。もちろんファビエンヌも一緒に連れて行って、ちょっとしたデートみたいにしようかな?


 いや、こんなことではダメだ。近いうちに本格的なデートに連れて行かねば。俺がファビエンヌのことをないがしろにしていると思われたら困る。ネロに相談だな。


 夕食が終わり、お風呂の時間も終わり、みんながサロンに集まった。もちろんロザリアとミラの姿もある。仲間外れは嫌らしい。その気持ち、分かるような気がする。でもミラはどう見てもテーブルの上のドライフルーツ狙いだよね?


「ファビエンヌ嬢が改良した植物栄養剤の効果を確認するために、実際にアンベール男爵家へ見に行った方がよさそうだね」

「そうですわね。私もアンベール男爵にあいさつがしたいですわ」


 アレックスお兄様の提案に、ダニエラお義姉様が目を輝かせて賛成した。

 まずい、このままではアンベール男爵の胃に穴が開くかも知れない。俺の秘蔵の胃薬を持って行ってあげなければ。俺のせいでこんなことになるなんて。


「どうかな、ユリウス。明日、ファビエンヌ嬢を迎えに行くときに私たちも一緒に行くというのは?」

「もちろん構わないと思いますけど、朝一番でアンベール男爵家へ先触れを出して下さい、お願いします」

「もちろんだよ」


 アレックスお兄様が笑顔でそう言った。これで最悪の事態は避けられた。そう思っていたのだが、何やらお父様がアゴに手を当てて難しい顔をしている。なんだか嫌な予感がするぞ。


「ふむ、それなら私たちも一緒に行くか。ファビエンヌ嬢には世話になってばかりだからな」

「いい考えだとは思うけど、大丈夫かしら?」


 お父様の提案にお母様が柳眉を下げた。どうやらお母様は正確にアンベール男爵夫妻の心理状況を察したようである。つまり、夫妻の胃に穴が開きそう。俺もお母様と同じ意見である。お姫様が男爵家を訪れるだけでも大変なことなのに、そこにさらに領主夫妻が来るなんて。


「えっと、お父様、さすがに日を改めるのがよいのではないでしょうか? アンベール男爵家も準備ができていないと思いますよ。色々と」

「そうか。そうかも知れないな。それでは近々訪れたいとだけ伝えてもらおうかな?」

「分かりました。私が責任を持って伝えておきます」


 なんとか納得してくれたお父様。危なかった。でもお父様を思いとどまらせることはできなかった。将来的につながりが深くなる家だし、この辺りで慣れてもらうのもありなのかも知れない。




 翌日は朝からバタバタと忙しかった。アレックスお兄様とダニエラお義姉様だけが一緒にアンベール男爵家に行く予定だったのに、ロザリアとミラもついてくると言い出したのだ。


 ミラは当然、自分も一緒に行くと思っていたみたいで、留守番と告げたときは爪を立ててしがみつかれた。もちろん泣かれた。

 ちゃんと話をしておくべきだったな。伝わっているだろうと思って勝手に思い込むのはよくない。


 そんなわけで、アンベール男爵家にいつもより多い人数で向かうことになった。ロザリアには遊びに行くわけではないことをしっかりと言い聞かせておいた。


「おはようございます。お待ちしておりましたわ」

「よ、ようこそいらっしゃいました」

「よ、ようこそ」


 いつものように笑顔を浮かべて出迎えてくれたファビエンヌと、ガチガチに緊張しているアンベール男爵夫妻。普通なら、アンベール男爵夫妻とファビエンヌの心理状態は反対になるのだろうが、しょうがないよね。

 アレックスお兄様たちと丁寧にあいさつを交わしたところですぐに本題となった。


「本日は庭を見せてもらいに来ました。それが終わればすぐに帰りますので、どうかお気づかいなく」

「承知いたしました。さあ、こちらへどうぞ」


 お互いにあいさつしたことで落ち着きを取り戻したアンベール男爵が自慢の庭を案内してくれた。そこは先日と同じく、よく手入れされた庭が広がっている。ハイネ辺境伯家にある庭よりも狭いが、隅々まで手が行き渡っている。


 ファビエンヌも管理していると言っていたが、もしかすると、アンベール男爵夫妻も手を加えているのかも知れない。夫妻の表情がとても自慢げであった。


「すごい! とってもキレイです」

「そうだろう? 昨日見て、ビックリしたよ」


 ロザリアも一目で気に入ったようである。ミラを連れて花壇の間を散策していた。ダニエラお義姉様も気に入ったようである。その表情はとってもうれしそうである。


「とても美しいお庭ですわね。ここにはファビエンヌちゃんが作った魔法薬が使われているのよね?」

「ユリウス様に教えてもらった植物栄養剤を改良したものを使っていますわ。花のつきと、色やツヤがよくなるようにしてみました」


 言われてみれば、確かに葉のツヤや、花のつぼみの数が多いな。それに足下の芝も青々としているような気がする。それにはアレックスお兄様も気がついたようである。


「アンベール男爵、この芝にも、もしかして植物栄養剤が使われているのですか?」

「お察しの通りです。植物栄養剤をまいたことで、しっかりと根を張った芝になっておりますよ。その分、育ちが少し早いので手入れが大変ですけどね」


 大変だと言っているが、その顔は笑っていた。おそらく、それを差し引きしても植物栄養剤を使う価値があると思っているのだろう。この立派な芝を見たら、俺だってそう思う。

 まさか芝にまで使っているとは思わなかった。これは思った以上に有用な植物栄養剤のようである。


「ファビエンヌ嬢が作った植物栄養剤を作物に使ったことはありますか?」


 どうやらアレックスお兄様も俺と同じく、作物にも使えないかと考えていたようである。その問いに、アンベール男爵の目が少し大きくなった。考えてもみなかったのだろう。さすがに農業までは手を出していないようである。


「さすがにそれは試したことがありませんね。作物にも使うおつもりなのですか?」

「ええ、もしかすると、実りもよくなるのではないかと思っているのですよ」


 これはどこかで試してみる必要がありそうだ。この感じだと、実りも豊かになりそうなんだけどね。作物にも効果があることを実証することができれば、間違いなく改良版植物栄養剤の売れ行きもよくなることだろう。




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