第489話 ファビエンヌの癒やし効果
サロンでゆっくりとしたあとは、アンベール男爵家の調合室をのぞいたり、ファビエンヌの部屋に行って、お気に入りの本を見せてもらったりしてすごした。
もちろんアンベール男爵家自慢の庭も散策する。ミラもとても気に入ったようで、お尻を振りながらご機嫌に歩いていた。
「もう夕暮れですわね」
「あっという間だったね」
ファビエンヌに言われて空を見ると、確かに青い空にオレンジ色の光が勢力を増しつつあった。本当にあっという間だ。それになんだか久しぶりにゆっくりできたような気がする。
ファビエンヌの癒やし効果はすごいな。もちろんミラの癒やし効果もあるだろうけど、それでもすごい。
「明日からはいつものように、朝、迎えに来るよ」
「はい。お待ちしておりますわ」
「明日からはさっそく新しい魔法薬を作ろう」
「もう思いついたのですか? さすがはユリウス様ですわね」
楽しそうに笑うファビエンヌ。楽しみなのは俺だけではないようだ。なんのことか分からないミラは首をひねっているが、ネロも察しがついたようで笑っていた。
アンベール男爵からの夕食の誘いを丁重にお断りしてアンベール男爵家を辞去した。
さすがに夕食までごちそうになるわけにはいかない。お昼はかなり豪華な食事だったからね。これ以上の負担をかけさせたくない。歓迎してくれるのはとてもありがたいことなんだけどね。
「明日からはようやくいつもの日常が戻って来そうだね」
「そうなるとよいのですが……」
「キュ……」
「なに、その含みのある言い方」
「ファビエンヌ様がお作りになった植物栄養剤に、シャンプーとリンスという新しい魔法薬を開発するのですよね? そうなると、また忙しくなるのではと思いまして」
「……ありえる」
どうしよう。俺のだらけた日常生活のために、魔法薬の開発はやめておくか? でもファビエンヌが改良した改良版植物栄養剤は商品化して、領民たちに広げたい。
よし、まずは改良版植物栄養剤を商品化して様子を見よう。
レイブン王国では、気がつけば聖剣の修復と伝説の鎧の作成という”やらかし”をしていた。今度こそ、気をつけなければいけない。だれか俺を止めてくれたらいいのに、だれも止めてくれないんだよね。
「ネロ、俺がまたやらかしそうになったら止めてくれ」
「は、はあ……」
ものすごく微妙な顔で、とてもあいまいな返事をされた。ミラも目を細くして微妙な表情を浮かべている。始めから無理だよとでも言われているかのようである。あきらめるんじゃない、二人とも。あきらめたらそこで終わりだぞ。
明日、ファビエンヌにも同じことを言っておこう。
「ただいま戻りました」
「お帰り、ユリウス。その様子だと、楽しかったみたいね」
「はい。ゆっくりとさせてもらいました」
「うふふ、ファビエンヌちゃんはユリウスの癒やしみたいね」
「キュ、キュ!」
「あらあら、もちろんミラちゃんもユリウスの癒やしよ。ユリウスだけじゃないわ。家族みんなの癒やしよ」
「キュ!」
ミラがお母様の胸に飛び込んだ。ブルンブルン揺れるお母様の胸。けしからんな。この光景を見たらお父様が嫉妬するかも知れない。
おっとそうだった。早めにファビエンヌの魔法薬についての話をしておこう。
「お母様、アレックスお兄様は今どちらに?」
「まだ商会から戻って来てないけど、もうそろそろ戻って来るはずよ。やっぱりアレックスもダニエラ様も気になっていたみたいね」
困ったように眉を下げたお母様。二人とも、ハイネ辺境伯家へ帰って来てからあまり休んでいる様子がないもんね。それは心配にもなるか。俺もなんだか心配になってきたぞ。ファビエンヌの話はもう少し時間をおいた方がいいかな?
その日の夕食、アレックスお兄様が声をかけてきた。
「ユリウス、私を探していたんだって? お母様から聞いたよ」
「えっと、まあ、そうです」
「どうしたんだい? 遠慮はいらないよ」
笑顔のお兄様。その隣に座っているダニエラお義姉様も同じように笑顔でこちらを見ている。眉を少し下げているのはお父様とお母様だ。お母様もアレックスお兄様に、俺が探していたことを話すかどうか、悩んだのだと思う。でも俺のことだから、早めに処理した方がよいと判断したようだ。ある意味で信頼されているようである。
「ファビエンヌ嬢が植物栄養剤を改良してくれていたのですよ。それを使って作りあげた庭園は緑がとても豊かで、花も美しく咲いていて素晴らしかったです。それで、その改良版植物栄養剤をハイネ商会でも売りに出せないかと考えています」
「なるほど、植物栄養剤の改良版か。ユリウスが作ったものは効果が高すぎて、ちょっと使いにくかったからね。それが使いやすくなったのなら、一度、試してみたいところだね」
「草花に使えるということは、農作物にも使えるのかしら? そうなると、収穫量が増えるかも知れないわね」
ダニエラお義姉様はこの植物栄養剤の有用性に早くも気がついたようである。さすがだな。学園では食糧自給率の話なんかもあるのかな? なるほど、とアレックスお兄様も腕を組んで考え始めた。
食事中にする話ではなかったかも知れない。一時中断してしまった。このままじゃ、料理長自慢の夕食が台無しになってしまうな。それはちょっと申し訳ないな。
「そうなんですよ。それでその話をお風呂からあがったあとにでも話したいなと思ってます。時間をいただけますか?」
「もちろんだよ。それまでに私たちも考えをまとめておこう」
「お願いします」
こうして食事が再開した。危なかった。夕食時に頭を使う話をするのはよくないな。楽しい話だけをするように心がけよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。