第488話 アンベール男爵家を訪問する

 そのままサロンへ案内された。すでにお茶の準備は整っている。窓からの景色には美しい花壇と、その奥に立派な薬草園の姿が見えた。今年もしっかりと管理されているようである。


「レイブン王国でボーンドラゴンが現れたというウワサを聞いて心配でしたが、取り越し苦労だったようですね」

「心配をおかけして申し訳ありません。ボーンドラゴンは無事に退治されたようです」


 絶句するアンベール男爵夫妻。事情を知っているファビエンヌは笑顔を崩さなかった。

 指輪越しに話したときはかなり驚いた様子だったんだけどな。俺が無事だったことで心配はなくなったのだろう。


 アンベール男爵にも「ある程度のことは話してもいい」とお父様から言われているので、俺たちがレイブン王国へ向かった目的まで話しておいた。さすがに聖剣と伝説の鎧のことは伏せておく。


「完全回復薬ですか。ファビエンヌからは作れるという話を聞いていましたが、本当に存在していたとは、今まで信じられませんでしたよ」

「世界樹の素材を使うので、そう簡単に手に入るものではありませんからね。信じられないのも仕方がないかと思います。今年の秋には新たに世界樹の素材をもらえると思いますので、そのときはファビエンヌにも作ってもらおうと思っています」


 あ、アンベール男爵夫妻がものすごい顔になっている。まるでムンクの叫びのようである。男爵夫妻には刺激が強すぎたか。だが、当の本人であるファビエンヌは平然としていた。


 それもそうか。目の前で完全回復薬の作成を失敗しているのを何度も見ているからね。もう慣れてしまったのだろう。ずいぶんと肝が太くなったようである。将来の妻として、頼もしい限りである。


 その後は「あとは若い二人で」と言われて俺たちだけが残された。まあ、ネロもミラもこの場にいるんだけどね。ミラはファビエンヌが作ったハーブ入りクッキーが気に入ったようである。香りがよくておいしいもんね。俺もお気に入りだ。


 バリバリクッキーを食べるミラをテーブルの上に置いて、指輪越しでは話せなかったことを話す。ネロはあの場にいたので、聞いても大丈夫だろう。だが、さすがに愛するファビエンヌにも、聖剣を修復したことは話せなかった。伝説の鎧の話は普通にしたけど。


「本物の聖剣がレイブン王国にあっただなんて。私も一目見てみたかったですわ」

「ファビエンヌも聖剣に興味があるんだね。スペンサー王国にもあるのかな?」

「そういえば聞いたことがありませんわね」


 スペンサー王国にもありそうな気はするけど、そこのところどうなのだろうか。ダニエラお義姉様が何も言わなかったところを見ると、ないのかも知れない。あるならあるって言いそうだもんね。


「ファビエンヌ、俺がいない間にハイネ商会を支えてくれてありがとう。ファビエンヌの活躍はライラさんたちから聞いているよ」

「もったいないお言葉ですわ。私のできることをしたまでですもの」

「ファビエンヌの腕前を見るのが楽しみだな」


 顔を見合わせて笑った。やっぱり指輪越しよりも、対面の方がずっといいな。そのうちなんとか、お互いの顔が見える通信機器を作りたいところである。


 ハイネ商会に卸している魔法薬については、ずいぶんと安定して供給できていると話だった。これもファビエンヌと、王都からハイネ辺境伯家へ出向している魔法薬師たちのおかげだな。


 そうなると、ようやく俺にも時間ができそうである。これは新しい魔法薬を作るチャンスなのではなかろうか。回復薬や毒消しなどの、緊急性を要する魔法薬は、ある程度、そろってきていると思う。それなら次はちょっとマニアックなところをせめてみるかな。身体強化とか。


「新しい魔法薬を作るとしたら、ファビエンヌはどんなものを作ってみたい?」

「えっと、そうですわね」


 おっと、急すぎたかな? いきなりそんなことを言われたら、そりゃ、困るよね。せかさないようにゆっくりとお茶を飲んだ。香りのよい紅茶である。


「もっと美しくなれる魔法薬でしょうか?」

「美しく……なるほど」


 今でも十分美しいから必要ないのでは? なんて言うのは野暮だろう。もっと美しくか。そのとき、ファビエンヌの美しい銀髪が目に入った。シャンプーとリンスを使えばもっとキレイな髪になるかも知れない。それにくしの通りもよくなるはずだ。


「あの、何か思いつきましたか?」

「シャンプーとリンスを作ろうと思う。なんで今まで思いつかなかったんだろう」

「ユリウス様?」

「ああ、いや、こっちの話だよ。ありがとう、ファビエンヌ。おかげでいい考えが思いついたよ」

「それならよかったですわ」


 今は石けんで体を洗っているけど、専用のボディーソープなんかも作ったら面白いかも知れない。主に貴族向けになると思うが、それでも十分もうかるような気がする。

 俺のことばかりではなく、ファビエンヌの話も聞いた。


 最近では自分専用の薬草園だけでなく、庭の花壇の管理にも手を出しているらしい。俺が教えた植物栄養剤をうまく改良して、より元気で、より鮮やかな草花が咲くようになってきているようだ。


 これはいいな。家庭菜園の手助けとして使えるのではないだろうか。それに花屋でも有効活用できそうだ。

 家畜の餌を育てるのにも使えるな。牧草を短期間で生やすことができれば、単位面積当たりに飼育できる頭数も増えるかも知れない。そのぶん、家畜の飼育環境は劣悪になりそうだが。ここは考え所だな。


「ファビエンヌが改良した植物栄養剤を売りに出せないかな? 新しい肥料の一種として、人気が出ると思うんだよね。もちろんファビエンヌにも、もうけが出るようにするからさ」

「領民たちの生活がよくなるのなら問題はありませんわ」

「ありがとう、ファビエンヌ。さっそくアレックスお兄様に相談してみるよ」


 ファビエンヌが開発した新型の植物栄養剤がうまく軌道に乗れば、彼女の評価もグッとあがることだろう。もう十分にあがっていると思うが、あげておいて損はないだろうからね。ファビエンヌの立場がもっとよくなれば、俺もうれしい。

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