第487話 涙でぬれた手紙

 翌日、早くもソフィア様とエルヴィン様からお礼の手紙が届いた。そこにはしっかりとボーンドラゴンを討伐したことと、エルヴィン様も無事に帰還したことが書かれていた。手紙の続きによると、この功績によって、エルヴィン様は無事に伯爵まで引き上げられるそうである。


「よかったわ。無事だったみたいで」

「あの光の柱はやはりボーンドラゴンを倒したときのものだったみたいですね」

「ええ、そうね。この報告も一緒に国王陛下にしなくちゃね。ソフィア様もそのつもりだと思うわ。これでレイブン王国とのつながりがもっと深くなればいいんだけど」

「レイブン王国にも支援の手を差し伸べられればいいですね」


 ボーンドラゴンを退治したが、その爪痕はまだ残ったままである。可及的速やかに傷を癒やす必要があるだろう。他国が妙なことを考える前に。

 朝食が終わり、サロンでゆっくりとしているところだったが、この手紙でダニエラお義姉様の動きが慌ただしくなってしまった。


 近いうちに王都へ向かうんだろうな。そのときは俺も一緒に行くべきか? いや、呼び出されてからでいいか。ダニエラお義姉様がイイ感じにまとめてくれる可能性が残されているからね。


 そう思っていると、使用人が一枚の手紙を俺に持って来た。差出人はミーカお義姉様だった。どうやら俺に置き手紙をしてから王都へ向かったようだ。手紙にはいくつものぬれた跡がある。……すごく心が痛いんですけど。


 そこには当然、俺への熱い思いが書かれていた。主に手合わせできなくて残念だという内容だったが。

 どうやらミーカお義姉様は自分の実力がどのくらい向上したのかを俺で測ることにしたらしい。いわく、ユリウスちゃんなら本気を出せるし、本気で相手をしてくれるから、だそうである。


 カインお兄様はなんだかんだ言ってミーカお義姉様に弱いからね。実力は上なんだろうけど、本気を出せないんだと思う。ときどきミーカお義姉様にたたかれてうれしそうにしているからね。あれはもうダメだと思う。


 騎士たちはもちろん、嫁入り前の貴族の女子に本気で戦うことはできない。そこで俺の登場である。ミーカお義姉様よりも強く、本気で戦ってくれる。まあ、本気の本気ではないけどね。


「ミーカお義姉様に手紙を送った方がいいですかね?」

「そうだね。そうしてあげた方がいいんじゃないかな? なんなら、夏休みに戻って来たときに手合わせできるチケットでもつけておけばいいんじゃないかな」


 なるほど、アレックスお兄様の考えはよさそうだ。手合わせチケットをつけておけば、ミーカお義姉様と手合わせする回数を制限することができる。この春のときのように、無限に付き合わされることもなくなるのだ。


 ミーカお義姉様も安心するし、俺も必要以上に時間を取られなくてすむ。まさにウィンウィンである。


「さすがはアレックスお兄様。そうさせていただきます」

「……ユリウスも大変だね」


 アレックスお兄様の言っている意味が分からずに首をかしげる。ミーカお義姉様との手合わせは悪いことばかりじゃない。あのバルンバルンする胸を拝むことができるのだから。

 このことはファビエンヌには絶対に言えない秘密である。


「これからファビエンヌのところへ行ってきます」

「気をつけて行っておいで。きっと心配しているだろうからね。帰れそうになかったら、早めに連絡するんだよ」

「わ、分かりました」


 一体何を心配しているのか。ファビエンヌの家にお泊まりして、親睦を深めると思っているのかな? アレックスお兄様がそう言ったところをみると、以前に同じような状況になったことがあるのかも知れない。さすがはプレイボーイ。


 昨日の夜の間に、明日、アンベール男爵家へ行くことをファビエンヌに話しているので大丈夫だと思うが、念のため先触れを出しておいた。


「ネロ、これからファビエンヌのところに行くけど、疲れが残っているようなら、今日は休んでも構わないよ」

「ありがとうございます。ですがその心配は無用です。私も一緒に行きます」

「キュ」

「ミラも一緒に行くか」

「キュ!」


 ネロと一緒にミラもこちらへやって来た。グリグリとおなかに頭をこすりつけている。レイブン王国へ行っている間に、ずいぶんと甘えん坊になってしまったようである。

 今日はアンベール男爵家を訪問するのでミラに乗っては行かない。そのため馬車を用意してもらっている。


「ファビエンヌに会うのも久しぶりだな。なんだか緊張してきた」

「毎日お話してるからこちらの事情も知っているでしょうし、いつものように接すれば大丈夫ですよ」

「キュ?」

「ああ、ミラにはなんのことか分からないね。気にしなくていいんだよ~」


 そう言ってミラをモフモフする。うん。実に素晴らしい毛並みだ。少し会わない間に、ますますつややかになっているようだ。ロザリアとリーリエが毎日ブラッシングしてあげているのかな?


 窓の外を見ながら領都を進む。レイブン王国でボーンドラゴンが暴れていた話は庶民にまで広がっていないようで、ハイネ辺境伯領を出たときと同じ光景が広がっていた。みんなの表情は明るい。厳しい冬が去り、みんなが待ち望んでいた春がやって来たからね。


 ここからのシーズンは競馬や観光地、ハイネ商会による物流などでにぎわうことになる。領民が楽しそうにするのもうなずけるな。王都や他の領地からの人はますます増えつつあるようだ。今も荷台にたくさんの荷物を載せた馬車が行き来している。


「ユリウス様、アンベール男爵家が見えてきましたよ」

「よし、下りる準備だ。服装に問題ないかな?」

「大丈夫です」

「キュ」


 ミラの毛が引っ付いていないか確認したのだが、不思議とミラは毛が抜けないんだよな。聖竜七不思議の一つである。まあ、毛一本でも価値があるからね。その辺りにまき散らされないのはありがたい。


 アンベール男爵家の門の前では男爵一家が並んで待っていた。

 申し訳ないことしてしまったな。ファビエンヌには別に待たなくてもいいよ、とは言ったのだが、そうはいかなかったのだろう。でも先触れを出さないわけにはいかなかったし。

 難しいところである。


「お久しぶりです。アンベール男爵、男爵夫人。ファビエンヌも元気そうで何よりだよ」

「よく来て下さいました」

「ゆっくりしていって下さいね」

「ユリウス様もお元気そうで安心しましたわ」


 太陽のように笑うファビエンヌ。その表情はどこか安心したようだった。毎日話していても、やっぱり本物を見るまでは心配だったようである。そのうち、カメラつきにしたいものである。

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