第485話 レイブン王国を出発する
秘密の隠れ家へとやって来たエルヴィン様によって、この鎧は”ロキアの鎧”に決定した。いにしえの勇者の名前を取ったら、それと比較されそうなのでちょっと……ということらしい。
どうやらエルヴィン様の内面は意外とデリケートなようである。特にこだわりはないのでそれでお願いした。
今度はエルヴィン様に鎧を身につけてもらい、その状態で試験を行った。当然のごとくダニエラお義姉様とソフィア様がそれを拒んだが、これをやらなければエルヴィン様が納得しないだろう。
二人に代わって俺が魔法を打つことにした。初級魔法から徐々に上級魔法へとステップアップする。それなりの威力の魔法を試したところで試験は終了した。
「本当に魔法が効かないんだ……」
ぼう然とするエルヴィン様。まさかここまでとは思っていなかったようだ。伝説の”ロキアの鎧”だからね。このくらいの性能を持っていてもおかしくない、ということにしてもらおう。
「これならボーンドラゴンからの攻撃もある程度は防ぐことができると思います」
「ありがとう、ユリウス様。これなら間違いなく、ボーンドラゴンと互角以上にやり合えるよ」
握手を求めてきたエルヴィン様の両手をしっかりと握り返す。ダニエラお義姉様の親友であるソフィア様を泣かせたら許さないからね、の意味も込めて。エルヴィン様もしっかりと握り返してきた。
「ユリウスは色んな魔法が使えると聞いていたけど、本当だったんだね」
アレックスお兄様、今、それをここで言う? 返答に困って苦笑いしていると、ダニエラお義姉様が助け船を出してくれた。俺とお兄様の方を見てニッコリと笑う。
「私も初めて見たわ。きっと今まで、だれにも秘密にしていたのね」
そう言ってからウフフと笑った。その笑い声には何か強い圧のようなものを感じた。それはまるで「ここでの出来事は秘密」とでも言っているかのようだった。
そのことに気がついたのは俺だけではなかったようだ。ソフィア様もエルヴィン様も顔を引きつらせている。
「ここで起こった出来事はもちろんだれにも言わないわよ。ここだけの秘密にしておくわ。ねえ、そうでしょう?」
「あ、ああ、そうだな。だれにも言わない」
笑顔でうなずくダニエラお義姉様。どうやら言いたいことが正確に伝わって満足な様子である。こええ。
ダニエラお義姉様を怒らせてはいけない。ダメ、絶対。
エルヴィン様は”ロキアの鎧”を丁寧に木箱に収納すると、ボーンドラゴン討伐へ向けた準備をすると言って、秘密の隠れ家から出て行った。
「この感じたと、明日にでも討伐に向かいそうですね」
「そうだね。時間がかかれば、それだけ被害が増えることになるからね。他国も様子をうかがっていることだろう」
「それならなおさら、これ以上、長引かせるわけにはいきませんわね」
アレックスお兄様とダニエラお義姉様の言う通りだろう。これ以上、ボーンドラゴンとの戦いを長引かせるわけにはいかない。レイブン王国も必死だ。今も王城の調合室では、魔法薬師たちが魔法薬を作り続けているはずだ。
秘密の隠れ家で昼食を食べ、ゆっくりとしたところで王城へと戻った。
王城内では、今朝、城を出たときよりも多くの人たちが忙しそうに動き回っている。その多くが、鎧を身につけた騎士や、ローブを身につけた魔導師たちだった。どうやら討伐隊の準備が整いつつあるようだ。
客室へ戻ると、アレックスお兄様に切り出した。
「お兄様、ここでやれることは終わりましたし、そろそろハイネ辺境伯家へ帰った方がよいのではないでしょうか?」
「そうだね。私もそう思っていたところだよ。明日の昼前にはここを出ようと思う。ダニエラはどう思う?」
「それで問題ありませんわ。私のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう」
ダニエラお義姉様が俺たちに頭を下げた。なぜそんなことをするのか。俺たちはもう家族じゃないか。頭を下げる必要なんてどこにもない。
「やめて下さいよ、お義姉様。お義姉様はただ、『ユリウス、よくやった。褒めてやろう』って言っておけばいいのですよ」
顔をあげたお義姉様が一瞬、目を丸くしたが、すぐに笑い始めた。それに釣られて、俺も、お兄様も笑う。そうそう、それでいいんだよ。頭を下げられるより、笑ってもらえる方がよっぽどいい。
「よくやったわ、ユリウス。あとでご褒美をあげるわ」
「ありがたき幸せ」
お義姉様の前にひざまずいた。それを見て、ダニエラお義姉様とアレックスお兄様が笑う。部屋にいた、ライオネルとネロ、他の使用人たちも笑う。もちろん俺も笑った。
「もう帰ってしまうのですね。討伐隊が帰って来てからでも……」
「そういうわけにはいきませんわ。私たちと討伐隊はなんの関係もありませんもの。これ以上、お世話になるわけにはいきませんわ」
ダニエラお義姉様とソフィア様がお互いに別れを惜しんでいる。だが、ダニエラお義姉様は引くつもりはないようだ。ソフィア様とエルヴィン様のことは心配だが、これ以上、俺たちがここにいては余計な問題を引き起こしかねない。そのことをダニエラお義姉様もちゃんと理解している。おそらく俺以上に。
「アレックス様にも、ユリウス様にも、大変お世話になりましたわ。国が落ち着いたら、またいらして下さいね。いつでもお待ちしておりますわ」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
「お元気で、ソフィア様」
王族からそんなことを言われる辺境伯家はそれほど多くないだろう。破格の待遇だな。まあ、王族のダニエラお義姉様がいるからね。ありと言えばありなのかも知れない。
ソフィア様に見送られて王城をあとにする。
討伐はすでに朝早くから出発していた。エルヴィン様にあいさつができなかったが、そのうちまた会うこともあるだろう。今回の戦いで命を落とすとは思えないからね。
俺たちを乗せた馬車は順調に街道を進んで行った。
ある程度進んだところで、急に周りが騒がしくなった。それと同時に馬車が止まる。
「どうした、何があった!」
「アレックス様、それが、向こうに光の柱が……」
「光の柱?」
アレックスお兄様とダニエラお義姉様と共に馬車から降りると、レイブン王国の方向に、天に向かって光の柱が伸びていた。あの光の柱が何なのか察したのだろう。お兄様とお義姉様が顔を寄せて聞いてきた。
「ユリウス、あの光の柱は?」
「ゲートキーパーの力が解放されたのだと思います。あの聖剣は楽園への扉を開くことができるのですよ」
「楽園への扉?」
「はい。不死系の魔物ならどんな魔物でも、楽園への扉の向こうへ送ることができます」
アレックスお兄様とダニエラお義姉様が振り返り、光の柱を見上げていた。
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