第484話 ユリウスの鎧?

 お茶を飲んで一息ついたところで、鎧に聖なる塗布剤を塗ってもらうことにした。聖なる塗布剤をライオネルに渡す。


「ライオネル、頼んだよ」

「お任せ下さい。少々、お時間をいただきます」


 ライオネルはそれ以上何も言わなかったが、俺を見てニコリと笑っていた。

 ハイネ辺境伯家にある鎧に聖なる塗布剤を塗ったのは俺とライオネルだもんね。塗り慣れているんだろうな。鎧は一領だし、俺が手伝うまでもないか。


 塗るのに失敗するようなヘマをすることはないと思うが、念のため近くで確認する。他のみんなも気になったのか、ライオネルの作業をジッと見守っていた。

 そうこうしている間に塗り終わり、あとは定着するまで待つだけとなった。


「あとは乾けば完了です。魔法薬の性質によって、しっかりと鎧にくっつきますので安心して下さい」

「乾くまでにどのくらいの時間がかかるんだい?」

「半日もあれば……急ぎでしたら、魔法で乾かしますよ?」


 魔法で生み出したドライヤーのような風を当てれば、それなりに早く乾くと思う。うん、急ぎだし、魔法で乾かそう。だれかに頼まれるまでもなく魔法で鎧を乾かし始めた。

 すぐに鎧が独特の輝きを放ち始めた。それと同時に魔法も効きづらくなってきた。さすがは伝説の鎧。無差別に魔法を無効化するな。


 これなら治癒魔法も無効化されるな、と思ったのだが、そもそもこの世界には治癒魔法はないんだった。ケガしたらポケットに忍ばせた回復薬を飲めばいいので、なんの問題もない。作っててよかった魔法薬。


「これで完成しました。名前、つけますか?」

「そうですわね……ユリウスの鎧?」

「あの、私の名前を入れるのはできればやめていただきたいのですが……」


 首をかしげながらソフィア様がそう言った。冗談なのか、本気なのか。あ、あのガッカリした感じは本気だったようである。危なかった。てか、俺の名前が入ったら、俺が関与したのがバレバレじゃん。


「ソフィア様、レイブン王国に由来した名前を取りましょう。さすがにユリウスの名前を入れるのはどうかと思いますよ」

「アレクの言う通りですわ。そうですわね、いにしえの勇者や、その鎧を作った職人から名前から取るのはどうかしら?」


 ソフィア様の提案にビックリしたのは俺だけじゃなかったようだ。アレックスお兄様とダニエラお義姉様が慌てた様子で代替案を提案した。どちらもよい提案だと思う。それを聞いたソフィア様も、それもそうかと思ったのか、考え始めた。


「それでしたら、いにしえの勇者であるアーク様か、伝説の鍛冶屋ロキアの名前がよさそうですわね」

「それならアークの鎧かロキアの鎧がよさそうですね」

「どちらにするかはエルヴィン様に選んでもらいましょう」


 どちらの名前にするのかの結論は後回しにした。俺たちが決めるものでもないだろうしね。ここはレイブン王国の未来を担うソフィア様とエルヴィン様に決めてもらうとしよう。

 決して丸投げしたわけではない。決して。


 完成した鎧の性能を確かめるべく、庭へと運び出された。一応、この屋敷は塀で囲ってあるので、外かはそんなに見えないと思う。それに人通りが激しい場所でもない。ド派手な魔法を使わなければ大丈夫だろう。


「ユリウス様、準備ができました」

「ご苦労、ライオネル。試しに魔法を使ってもらって構いませんよ」


 俺とアレックスお兄様はすでにその性能を知っている。試すのなら、ダニエラお義姉様とソフィア様になる。どうやら二人の中にはまだわずかな疑いがあるみたいなんだよね。本当に大丈夫? みたいな不安そうな目でこちらを見ていた。


「それでは私が試しに魔法を使いましょう。いいかな、ユリウス?」

「よろしくお願いします」


 なかなか動かない二人に代わって、アレックスお兄様が名乗り出てくれた。アレックスお兄様は鎧から少し離れた場所に立つと、魔法で炎の矢を作り出して鎧へと放った。

 放たれた炎の矢は鎧に当たる直前に勢いをなくして消えてしまった。聖なる塗布剤は問題なく効果を発揮しているようだ。


「すごい」

「不思議ですわ。それでは次は私がやります」


 先ほどの光景を見て、わずかな疑いは消えたようである。今度はソフィア様が前に進み出て、風の矢を放った。その矢も鎧に当たる直前でかき消えた。最後にダニエラお義姉様も魔法を使い、二人と同じ結果になった。


「本当に魔法が効かないのね。鎧に当たる前に魔法が消えるだなんて、目の前で見てなかったらとても信じられなかったわ」

「強力な魔法だと鎧に当たりますけどね。それでもすぐに先ほどのように消えてしまいますよ」

「これなら、この鎧ならきっと大丈夫ですわ。まさに伝説の鎧ですわ」


 感極まったソフィア様が俺の両手をギューッと握りしめてきた。目も潤んでいる。だが、まだ終わったわけじゃないぞ。本当の戦いはこれからだと思う。

 テーブル席に戻り、お茶の時間を再開したが、すぐにソフィア様はエルヴィン様を呼ぶ手配をするために席を外した。


 エルヴィン様が来るまでの間に、あと何領か同じように塗布した鎧を、と思ったのだがアレックスお兄様とダニエラお義姉様に首を振られた。これ以上の介入はまずいと判断したようだ。


「ユリウス、魔法薬の作り方の提供に、聖剣の修復、鎧の作成。もう十分だよ。これ以上のことを行えば、人間の欲があふれ出てくるかも知れないからね」

「そうよ。ユリウスは十分すぎるほどこの国に貢献したわ。これ以上は危険だわ」

「危険……」


 すでに要注意人物になりつつあるのか。それならもう、これ以上の支援をするのはやめた方がいいな。ここはスペンサー王国ではなく、他国なのだ。そのことを忘れないようにしなければならない。


 エルヴィン様に鎧を渡したら、なるべく早いところレイブン王国から去るようにしよう。アレックスお兄様とダニエラお義姉様もそのつもりだろうしね。

 もしものときのために完全回復薬をソフィア様に預けておこうかと思ったけど、それも取りやめにしよう。あとはレイブン王国の力でなんとかしてもらわないとね。

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