第482話 めちゃくちゃ無理のある言い訳

 アレックスお兄様とダニエラお義姉様に詰め寄られ、聖剣の修復についての話をした。二人とも興味があるのか、かなり深いところまで聞いてきた。お兄様も聖剣には興味があるのかな? カインお兄様と違って、あまり剣にはこだわりがなさそうな印象があったのだが、やはり男の子だったようである。


 一方のお義姉様はなんだか聖剣の探りを入れているかのようだった。もしかすると、本当にスペンサー王国にも聖剣があるのかも知れない。しかも現在は使えなくなっていたりして。まさか俺に直せとか言って来ないよね?


 今回はたまたまよく知っている聖剣ゲートキーパーだからこそなんとかなったけど、次も同じようにいくとは限らない。お義姉様をガッカリさせるのはさすがにつらい。


「ユリウスが読んだ本が気になるね」

「そうですわね。どこで読んだのか覚えているかしら?」

「それが、王都の本屋だったか、王城の図書館だったか、ハイネ辺境伯家の書庫だったか、はたまた別の場所だったのか、覚えてないんですよね」


 自分で言っておいてなんだが、めちゃくちゃ無理のある言い訳である。とてもこんな言い訳が通るとは思えない。だが、アレックスお兄様もダニエラお義姉様も、それ以上深く突っ込んでは来なかった。


 助かった、のか? なんだか怪しい気もするが、今はこのままにしておこう。沈黙は金、雄弁は銀である。

 そのまま話は”聖なる塗布剤”の話へと移った。


「ミラちゃんの毛にそんな効果があっただなんて。それは言えないわね」

「これが知れ渡ったら、ミラちゃんの毛がなくなることになるからね」

「ますますあの場では言えませんわね」


 ダニエラお義姉様の柳眉がハの字になった。愁いを帯びた顔も美しい。さすがは俺の義姉。絵になるな。

 俺がジッと見つめているとなぜが抱き寄せてきた。む、胸が。なんか罪悪感と嫉妬の視線を感じる。


 アレックスお兄様、俺がやったわけじゃないですからね。俺に嫉妬するのは間違っているんじゃないですかね?


「伝説の鎧を作ることになってしまいますが、エルヴィン様の生存確率を高めるためにはそれしか方法が思い浮かばなかったのですよ」

「エルヴィン様は相打ち覚悟で挑むだろうからね。それなら確かに伝説の鎧が必要か」


 アレックスお兄様も”やむなし”といった表情だ。ソフィア様とエルヴィン様なら、伝説の鎧のことは黙っていてくれるだろう。だからこそ、秘密の隠れ家のことを俺たちに話したのだ。


 秘密の隠れ家の存在を知っているのはごく限られた人物だけのはずだ。もしかすると、国王陛下も知らないかも知れない。俺たちも口外できないな。気をつけないと。


「ずいぶんと伝説の鎧に詳しいみたいだけど、まさか?」

「うん。そのまさかなんだ。ハイネ辺境伯家にはすでにそれを塗布した鎧がいくつかあるんだ」

「知らなかったわ。アレク、ハイネ辺境伯家へ戻ったら見せて欲しいのだけれども」


 ダニエラお義姉様が下からアレックスお兄様を見上げている。きっとお兄様から見る景色は、お義姉様が上目遣いでおねだりしているように見えるだろう。さすがはお義姉様。使える武器はなんだって使う。まさに次期辺境伯夫人の姿である。


「う、分かったよ。見せても大丈夫だよね?」

「大丈夫だと思いますよ? いざという時は遠慮なく使うつもりですからね。試しに魔法を撃ち込んでもらうといいかも知れません」

「まあ、そうだね。全部、無効化されるだろうけどね」

「そんなに?」


 目を大きくして俺の方を見つめてきた。試しに撃ち込んだ火属性魔法が全部無効化された話をすると、納得したかのように、しきりに何度もうなずいていた。


「確かにそれは伝説の鎧だわ。今のうちに名前をつけておいた方がいいかも知れないわね」


 ブツブツとつぶやき始めたお義姉様。どうやら伝説の鎧の名前を歴史に残したいようである。やめて。

 伝説の鎧がハイネ辺境伯家に何着もあるだなんて、変なウワサが立つ未来しか見えないぞ。


 今のダニエラお義姉様の状態がまずいと思ったのは俺だけじゃなかったようだ。アレックスお兄様が必死に話題をそらして、お風呂から連れ出していた。


 なんとか無事にお風呂からあがり、魔法でサッと髪を乾かした。だが、その光景をお義姉様に見られていたようである。そういえば、レイブン王国にはまだ冷温送風機が設置されていなかったな。


「ユリウス、もしかして今、魔法で髪を乾かしたのかしら?」

「そうですけど、お義姉様もどうですか? ロザリアの髪を乾かしてあげたときは好評だったのですよ」

「そう? それならお願いしようかしら」

「任せて下さい」


 俺も鈍感ではない。乙女心は敏感に察知するのだ。それにここでとぼけても仕方がない。ごまかすよりかは積極的に利用して、お義姉様からの好感度を上げておいた方がいいに決まっている。


 高級ドライヤーを使っているかのような絶妙な風を魔法で送り出した。もうずっとやっているので、手慣れたものである。こうして俺の魔法を使う能力が地道に伸びていくんだろうな。


 ダニエラお義姉様の長い髪もあっという間に乾かし終わった。気のせいだろうか? いつもよりもキラキラしているように見える。しっとりと水分を含んだ美しい髪質である。もしかすると、いつもは水分を飛ばしすぎてパッサパサになっていたのかな?


「終わりましたよ、お義姉様」


 声をかけたが、お義姉様は髪を手に取り、それをジッと見つめている。

 どうしよう。逃げるべきか?


「ユリウス、これ、どうやったのかしら?」

「どう、と言いますと? 普通に魔法を使って乾かしただけですけど」

「いいえ、普通じゃないわ。普通はこんな髪質にならないわ。どんな魔法を使ったのか教えてちょうだい。できれば使用人に」


 両肩をグッとつかまれ、グッと顔が近づいてきた。近い近い! それに目が本気だ。本気で俺が使った魔法を教えて欲しいようである。別に特殊な魔法じゃないんだけど、それなりにテクニックが必要な魔法だ。使えるようになるかは使用人次第だな。


「わ、分かりました。できる限りのことは教えますよ」

「もちろんだれにも内緒にしておくわ」

「ありがとうございます」


 どうやら俺の秘密の魔法だと思われたようである。そして俺とダニエラお義姉様の様子がおかしいと思ったのか、アレックスお兄様もやってきた。ついでにまだ湿っていたお兄様の髪を乾かすと、普通に納得された。


「ユリウス、私の使用人にもその魔法を教えて欲しい。もちろんだれにも内緒にしておくよ」

「わ、分かりました」


 秘密にしておくつもりはなかったのだが、なぜか秘密が増えちゃったなー。

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