第479話 聖剣を修復する
武器工房にはすでにだれもいなかった。炉にも火が入ったままである。本当に今し方、追い出されたようである。
悪いことしちゃったな。別に工房での仕事が終わったあとでもよかったのに。
ちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、テーブルの上に準備されていた素材を確認する。グラビデ結晶も青銀も、どちらの品質も問題なさそうだ。
こちらの部屋へ移してもらった聖剣を手に取る。ズッシリと重い。ゲーム内では決して感じることができなかった重さである。
「修復するのにはそれなりに時間がかかると思います。終わったら呼びに行くので、それまでは他のことをしてもらっていて構いませんよ。それに、ジッと見られているのはちょっと落ち着かないというか……」
「分かったよ。それじゃ私たちは近くの部屋でお茶を飲んでおくとしよう」
「ソフィア様、案内してもらってもいいかしら?」
「そ、それはもちろんですけど」
ソフィア様がチラチラとこちらを見ている。どうやらとても気になっているようである。アレックスお兄様とダニエラお義姉様は俺のことをそれなりに分かっていると思うが、ソフィア様は違う。
今のソフィア様の俺に対する認識は「魔法薬を作れる子」といった感じだろう。まさか魔道具を作っていたり、日用品を作っていたりしているとは思ってもいないはずである。心配になるのもうなずける。
「大丈夫ですよ、ソフィア様。これでも私はハイネ商会で魔道具を作っていますからね。ハンマーの使い方ならお手の物ですよ」
「そ、そうですか」
納得いかないような顔をしていたが、ダニエラお義姉様に連れられて外へと出て行った。部屋に残ったのは研究者たちだけである。もちろん部屋のすぐ外にはネロとライオネルが待機しているはずだ。
二人も部屋の中に呼べたらよかったんだけど、聖剣のことは秘密だからな。呼びたくても呼べない。アレックスお兄様がうまいこと話してくれるとは思うけど、なんだか申し訳ない気持ちになるな。
いかんいかん。気を取り直して作業を開始する。研究者たちが暇そうなので、使わせてもらうことにした。共に聖剣を修復したとなれば、彼らにも箔がつくことだろう。それだけ俺に対する心証もよくなるだろうし、味方は多い方がいいからね。
「グラビデ結晶を粉にしてもらいたいのですが、手伝ってもらえませんか?」
「喜んで!」
「なんなりとお申しつけ下さい!」
うむ。すでに忠誠度は高いようである。これなら安心して仕事を任せることができるな。
話を聞くところによると、みんな一通りの魔法を使うことができるようである。これは運がよい。火魔法を使ってもらって、聖剣を鍛えるのに利用させてもらおう。
まずはザックリと聖剣の型を作り、そこに聖剣を入れる。もちろん折れた破片もキッチリと収まるように配置する。その状態で、両サイドから研究者の方に、折れている部分を中心に火魔法を使ってもらう。それと同時に、俺も聖剣の柄を握り、剣全体に魔力を帯びさせる。
しばらくすると、ようやく変化が訪れた。折れた部分がくっつき始めたのだ。それを見た研究者たちが小さな歓声をあげる。本当は騒ぎたかったのだろう。グッと堪えているのがよく分かった。後ろではハイタッチする音が聞こえる。ちょっと気が散るな。
そこからは金床を使っての精練である。火魔法を使うのをやめてもらい、今度は青銀を火魔法で溶かしてもらう作業に移ってもらう。
研究者たちが青銀を溶かしてる間に剣を打つ。
魔力を聖剣に与えながら、火魔法で加熱する作業を繰り返す。もちろんその間に、剣をたたいて形を元通りに形成していく。『クラフト』スキルがあるので楽勝だな。持っててよかった『クラフト』スキル。
形作りが終わったら研磨だ。工房にあった一番よい砥石を使わせてもらう。ダイヤモンドの砥石だったようで、なんとか研ぐことができた。さすがオリハルコン。堅い。本来なら専用の砥石が必要なのだが、なんとかなってよかった。
仕上げだけ『ラボラトリー』スキルを使おうかと思っていたところだったからね。これなら使わなくてもすみそうだ。
聖剣の形成作業も終わり、今度は術式の書き直し作業だ。溶けた青銀にグラビデ結晶の粉末を混ぜていく。その間に研究者たちは修復された聖剣を見て、ベタ褒めしていた。
魔力を込めながら溶液を混ぜていく。すぐに黒くてネットリとしたインクが完成した。研究者たちが落ち着きを取り戻したところで、今度は術式を書いていく。もちろん研究者たちにも手伝ってもらう。
薄くなっている部分を上からなぞってもらい、途切れている部分は俺が書き直した。みんなが無言で作業を行う。
この特殊な術式用のインクは非常に使い勝手が悪く、伸びないのだ。そのため、書き直し作業にはかなりの時間がかかってしまった。
だがしかし、なんとかその日のうちに完成させることができた。
「これで修復完了です」
「ユリウス様、疑うわけではありませんが、本当に元の通りに復元されたのですか?」
「見た目は確かに元の通り、いや、元の物よりも美しいように思えますが……」
どうやら研究者たちは半信半疑のようである。気持ちは分かる。引っ張り出してきた聖剣がボーンドラゴンに有効打を与えることができなかったみたいだからね。次も同じだと、彼らの首が飛ぶのかも知れない。それはちょっと困るな。
「それでは、ちょっとだけ使ってみましょうか」
「え?」
柄と鍔との境目にある細いリングを回す。これが聖剣を使う上でのセーフティーロックの役割をしているのだ。そうでなければ、危険過ぎて持ち歩けない。悪しきものを消滅させる光をまき散らせながら街中を歩けば、大変迷惑である。
聖剣から光がほとばしり始めた。黒い筋が黄金色に染まり、輝きを増していく。魔力を込めると、連動するように光が大きく、強くなっていった。
「こ、これが本来の力!」
「すごい! なんという心地良い光なんだ」
「おおお……神よ……」
「違うからね」
スン、と光が消えた。もちろん俺がリングを回してセーフティーロックをかけただけである。
研究者たちがあ然としている。今まさに、膝をついて俺に祈りをささげようとしていたのだ。危なかった。
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