第478話 前に読んだ本に

 部屋の中に沈黙が訪れた。もちろんみんなの目が俺の方を向いている。

 どうしよう。なんとかして言い訳を探さないと。


「えっと、前に読んだ本に似たような剣が書いてあったのですよ」

「一体だれがその本を書いたのでしょうか? 聖剣の存在を知る者はほとんどいないはずなのですが……」


 この場にいた研究者らしき人がアゴに手を当てて考え込んでいる。どうやら信じてもらえたようである。危なかった。チラリとアレックスお兄様を見ると、笑顔で見つめ返された。なんだろう、この感じ。思わず苦笑いが出てしまいそうだ。


「ユリウスが読んだ本には、この剣について、どんなことが書かれてあったんだい?」


 お兄様の笑みが深くなった。ちょっと怖いような気がする。隣にいるダニエラお義姉様の笑顔もだんだんと深くなっている。

 もしかして、何か察しちゃいましたかね?


 考えろ、考えるんだ。今、自分がするべき最善の一手はなんだ? このままごまかして国に戻ることか?

 それをやれば、ボーンドラゴンを倒すまでに、レイブン王国にどれだけの被害が出るか分からない。下手すれば、隣国である俺たちの国にまで影響が出るかも知れない。


 それならば、ここでゲートキーパーを修復して、その使い方をエルヴィン様に教えて、ボーンドラゴンを討伐してもらえばよいのでは? そうすれば、エルヴィン様は晴れて伯爵になることができて、ソフィア様と結婚できる。そしてレイブン王国も救われる。

 やるなら今しかねぇ。


「えっと、ウソか本当かは分かりませんが、ゲートキーパーの修復方法と、使い方が載っていたような気が……」

「ユリウス様、ぜひそれを教えて下さい!」

「ぐえ」


 ソフィア様が抱きしめてきた。ダニエラお義姉様ほどではないが、ソフィア様もそれなりに胸部装甲が厚い。不意打ちをくらって気道の確保ができなかった。息が、息ができない……。


「ソフィア様、そのくらいで。ユリウスが絞まってますわ」

「あああ! ご、ごめんなさい」

「ゲホッ、いや、大丈夫です。もちろんお教えしますよ。ただ、本に書いてあったことが本当かどうかは分かりませんけどね」


 一応、予防線を張っておく。まあ、間違いなく復元できるし、使えるようになるんだけどね。絶対大丈夫です、なんて言ったら、さすがに怪しまれるだろう。

 部屋の中が騒然となったが、すぐに静かになった。


「それで、私たちは何をすればよいのでしょうか?」

「えっと、もっと近くで見させてもらっていいですかね?」

「もちろんですよ!」


 台座に近づいてよく見させてもらう。折れた破片まで集めたようである。これならこの部分だけ溶かして、鍛え直せば問題なさそうだ。聖剣に施されている術式があちこちでほころんでいるな。これが不完全だった原因なのだろう。これも新たに書き直せば大丈夫そうだ。


「えっと、折れた部分をくっつけて、この黒い筋を書き直せば大丈夫そうです」

「その、聖剣を修復しようとしたのですが、どれだけ火にかけても、一向に変化しなかったのですよ」

「普通の火では無理ですね。魔法によって生み出された火じゃないと、柔らかくなりません」


 驚く研究者たち。アレックスお兄様とダニエラお義姉様、ソフィア様は行く末を見守ることにしたようだ。一歩離れた場所で静かにこちらを観察していた。なんだろう。ちょっと胃が痛くなってきたぞ。


「な、なるほど。それは気がつきませんでした。この黒い筋はどうやって書き直すのでしょうか?」

「これはグラビデ結晶と青銀を混ぜ合わせたものです。グラビデ結晶は調合室にありましたが、青銀はありますか?」

「もちろんありますよ。すぐに持って来ます」

「あ、いや、聖剣を鍛えるのに、どのみち武器工房へ行かなければなりません。そちらに用意しておいて下さい」


 飛び出そうとした研究者を呼び止める。ここに持って来てもらっても正直、困る。ここには設備がないのだ。『ラボラトリー』スキルでも使わない限り。

 ゲートキーパーの刀身はオリハルコンと青銀の合金。折れた破片まで集めてあって、本当によかった。今からオリハルコンを探すのでは時間がかかりすぎる。


「武器工房にいる人たちを別の部屋に移しなさい。それから、調合室からグラビデ結晶を持って来てちょうだい」

「分かりました。すぐに手配致します」


 ソフィア様の号令にキビキビと動き出す研究者たち。その姿はずいぶんと威厳があった。これはエルヴィン様がソフィア様の尻に敷かれることになりそうだ。ハイネ辺境伯家の男性陣も似たようなものだけど。

 将来俺もファビエンヌの尻に敷かれることになるのかな? まあ、あの尻ならいいか。


「ユリウス、大丈夫なのかい?」

「大丈夫だと思います。武器工房の職人も追い出されたみたいなので、私が聖剣を鍛えることになりそうですけどね」

「他の人でもできるのかい?」

「……難しいと思います。魔力で聖剣を覆いながら鍛錬しなければなりません」

「なるほど。それなら他の人では無理だろうね。魔力持ちの鍛冶職人なんて、聞いたことがないよ」


 ニッコリと笑うお兄様。その瞳は俺をいたわるかのようだった。隣にいるお義姉様も同じだ。

 ここは二人を心配させないためにも、これから起こることのためにも、もう色々とあきらめて話した方がいいのかも知れない。


「お兄様、お義姉様、私が鍛冶仕事をしたことは内緒にしておいて下さい」

「それは難しいかな。悪いけど、お父様には言わせてもらうよ」

「それではお父様までにしておいて下さい」

「分かったよ。約束する」

「無理をしちゃダメよ」


 お義姉様が抱きしめてきた。いいのかな、俺。お姫様二人から、立て続けに抱擁されているんだけど。世の男連中が見たら、嫉妬で「キィィ!」って言っているはずだぞ。

 なかなか離してくれないお義姉様の胸を堪能していると、準備ができたと声がかかった。


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様にはちゃんと話したし、ソフィア様も内緒にしてくれることだろう。もちろん、この場にいる研究者たちもだ。

 それでも色々と問題は起こりそうだが、レイブン王国の人たちを見捨てるわけにはいかな。俺の手の届く範囲で救える人がいるのなら、できる限り救いたい。それが今の俺の、偽りのない気持ちだ。

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