第476話 エミリーさんとジョンさん

 国王陛下との面会は終わった。これからすぐに魔法薬を作る手配をしてくれるようである。

 名目も、「スペンサー王国からの魔法薬の技術指導」ということになり、正式に国が俺たちをレイブン王国へ招いた形になった。


 どうやらこれでコソコソと王城内を移動する必要はなくなったようである。今後は王族のプライベートスペースではなく、王城本体に移ることになるようだ。

 正直に言わせてもらえれば、ホッとしている。いくら義姉が王族とは言え、他国の王族と同じ空間にいるのは精神的にきついものがある。


 俺たちの移動は可及的速やかに行われ、その日のうちに移動が完了していた。これでネロやライオネルたちとも部屋が近くなった。


「ユリウス様、これから忙しくなりそうですね」

「そうだね。ハイネ辺境伯家を出発したときの予想とはまったく違う方向に進んでしまった。でも、レイブン王国との縁を深めることができるから、無駄にはならないと思っているよ。帰りは遅くなりそうだけどね」

「ロザリア様とミラ様に手紙を出した方がよろしいのではないでしょうか?」

「そうしよう。毎日話しているけど、ファビエンヌにも手紙を書こうかな」


 俺がそう言うとすぐにネロが便箋を持って来てくれた。ファビエンヌにはラブレターにしよう。書いたことないけど、今ならアレックスお兄様とダニエラお義姉様に聞くことができる。チャンスだな。


 それにしてもこの部屋、豪華すぎない? 部屋が広いのはもちろんだが、シャンデリアに個室の浴槽までついている。調度品もキラキラしてるし、床の青いカーペットはフカフカである。

 間違いなく、他国の偉い人が泊まる部屋だよね? ああ、そういえば俺たちも他国の偉い人だったか。


 その日はラブレターを書いて終わった。こんなに難しいとは思わなかった。これはそうそう書けないな。これを毎日のように書いていたお兄様はさすがとしか言いようがなかった。


 翌日、朝食が終わるとすぐに迎えが来た。どうやら昨日、俺たちがくつろいでいる間に準備を整えてくれていたようである。

 俺だけじゃなくて、アレックスお兄様とダニエラお義姉様、ネロ、ライオネルも一緒に調合室へ向かう。俺の保護者枠というわけだ。

 調合室まで案内してくれたのはソフィア様である。


「ここが王城にある調合室ですわ」

「だれもいないようですね。入ってもいいですか?」

「もちろんですわ。すぐに二名の魔法薬師が来ますわ。どちらも腕がよくて、信頼できる人物です。私たちの口に入る魔法薬を専門に作っているのですよ」


 王族の専属魔法薬師か。それなら信頼できそうだ。解毒剤の作り方を教えてしまって、あとはそれを他の魔法薬師に伝えてもらおう。それなら俺の名前も出ないはずだ。

 ソフィア様が言ったようにすぐに魔法薬師がやって来た。エミリーさんとジョンさんという名前だ。あいさつもそこそこにすぐに作り方を教えることにした。


「ユリウス、私たちがここで見ていても大丈夫なのかな?」

「大丈夫ですよ。嫌な臭いとかしませんから。目がしみることもありません」

「そ、そうかい? それならいいけど」


 どうやらアレックスお兄様はかつて高位魔法薬師であるおばあ様が魔法薬を作っているところを見学したことがあるようだ。そのときのことを思い出したのだろう。そしてこの場にはダニエラお義姉様とソフィア様がいる。まずいと思ったようである。


 俺の話を聞いて、二人の魔法薬師が驚愕の表情を浮かべていた。……まあ、何も知らない人はそうなるよね。これでレイブン王国では、いまだにゲロマズの魔法薬が作られていることが判明した。これは解毒剤だけでなく、初級回復薬と中級回復薬の作り方も教えておいた方がよいかも知れない。今後の役に立つと思う。


 魔法薬作りは順調に進んだ。エミリーさんもジョンさんも実に手際がよく、しかも一度で作り方を習得することができた。さすがは王家専属魔法薬師。だてじゃないな。

 自分たちが作った解毒剤を見つめながら、ぼう然とする二人。


「これが解毒剤? なんだか別物みたいに見えるんだけど……」

「確かに別物に見えるな。先生、解毒剤を飲んでみてもいいですか?」

「えっと……素材はまだまだありそうですし、飲んでみますか?」

「ぜひ!」


 そう言って二人が一つの解毒剤を半分にして飲み始めた。そしていつの間にか、俺の呼び方が先生になっている。また信者を増やしちゃったかー。

 二人は一口で違いが分かったようである。目と口が大きく開いている。何か言いたそうに口をパクパクしているが、すぐには声にならないようだった。


「甘い! これまで作ってきた解毒剤と全然違うわ」

「まずくない。ユリウス先生はもしかして神様だったりします?」

「しませんから! これは、そう、スペンサー王国の王宮魔法薬師たちが新しく考案した作り方なのですよ」

「え?」

「あれ?」

「あっ」


 俺のウソに真っ先に反応したのがダニエラお義姉様である。続いてアレックスお兄様が首をかしげた。ちょっときみたち……。

 そしてそれを見たソフィア様がすべてを察したかのように声をあげてから口元を手で隠した。


 エミリーさんとジョンさんもすべてを察したようである。実にすがすがしい、まるで悟ったかのような笑顔を浮かべていた。それ以上何も言わなかったのがありがたい。

 微妙な間があったが、まあ、今はそれは隣に置いておこう。他にも教えなければならないことがある。


「解毒剤は問題なく作れるようになりましたね。次は初級回復薬と中級回復薬を作りましょう。これさえあれば、ケガをした人たちをたくさん助けることができますからね」

「それも教えてもらっていいのですか! やはり先生は神なのでは?」

「神様!」

「違うから」


 ああもう、なんだかややこしいことになってきたぞ。だがここでやめるわけにはいかない。早いところ教えて、これ以上の騒ぎになる前に国へ戻った方がよさそうだ。

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