第473話 レイブン王国の聖剣伝説

 ソフィア様とエルヴィン様は客室に入ると、そろって深々と頭を下げた。それもかなり長い時間である。アレックスお兄様とダニエラお義姉様が何も言わないので俺も黙っていた。だが内心、「早く頭をあげるように言わないかな」と気が気でなかった。


 どうやらアレックスお兄様とダニエラお義姉様は、二人がこうやって頭を下げることで、貸し借りをなしにしようと思っているみたいである。

 たっぷりと頭を下げたあと、ようやく二人が顔をあげた。


「本当に、なんとお礼を言ったら良いか分かりません」

「感謝という言葉では言い表せない。だが、あえて言わせて言わせて下さい。ありがとうございます。皆さんのおかげで生きながらえることができました」


 再び二人が深々と頭を下げた。これにはさすがにお兄様が頭をあげるように言った。お義姉様もそれに加わり、なんとか早めに頭をあげさせることができた。

 そうしてようやくみんなが落ち着いたころ、何が起こったのかを話してもらうことになった。もちろん、他言無用である。使用人たちも外に出てもらっている。


「ロコモ山にボーンドラゴンが現れたのです。それにより、周囲の大地と川が汚染されてしまいましたわ。現在も広い土地が危機的な状況になってます」

「それを倒しに行ったんだが返り討ちに遭ってしまってね。なんとも情けない話だよ」

「エルのせいじゃないわ」


 エルヴィン様はおどけてそう言ったが、その目には無念さがにじんでいた。ボーンドラゴンか。一気に倒さないと、再生能力が高くてじり貧になるんだよね。最大火力で一気にブワッとやらないと。


「ボーンドラゴンに立ち向かうなんて、ずいぶんと無謀なことをしましたね。何か勝算でもあったのですか?」


 ちょっと怒ったような目つきになったお兄様。勝算なしの特攻など愚の骨頂だと思っているのだろう。俺もそう思う。それじゃ、いくら命があっても足りない。そんなことをして本当に死んでしまえば、ソフィア様が悲しむだけである。


「それは……」

「もちろんありましたわ。我が国にある聖剣を使ったのです。ですが……」


 ソフィア様が言いよどんだ。おいおい、レイブン王国に聖剣があるだなんて話、しても良いのかな? 隣に座っているエルヴィン様の目が今にも飛び出しそうになってるぞ。エルヴィン様が言うのをためらったのは国家機密だからじゃないのかな。


「聖剣のお話は本当でしたのね。驚きですわ。でも、それを使っても倒せなかったと言うことですわよね?」


 どうやらお義姉様は聖剣の存在を元から知っていたようだ。それでソフィア様もこの場で話を出すことにしたのか。それにしても聖剣って、本当に存在していたんだな。物語では頻繁に見かけたことがあるけど。

 もしかして、スペンサー王国にもあるのかな? ちょっと気になる。あとでお義姉様に聞いてみようかな。


「その通りですわ。でも、エルから聞いた話だと、どうも聖剣が不完全、と言うか、元から壊れていたと言うか……」

「ソフィア様、それ以上は言わない方がよろしいかと」

「エル……」


 どうやらこの話は秘密だったようである。エルヴィン様の顔がちょっときつい顔になっている。自国にある聖剣に偽物疑惑が出ているのかも知れない。それはそれで困ることになりそうだ。他国の人にも、自国の人にも言える話ではないな。王家の信頼が揺らぎかねない。


「その聖剣は今どこに?」

「ボーンドラゴンとの戦いで壊れてしまったので、今は王城で保管されておりますわ」

「私が聖剣を使いこなせなかったばかりにこんなことに……」


 沈黙が落ちる。どうやって励ませば良いのか分からない。そのあとはとりとめのない話をして終わった。エルヴィン様もまだ本調子ではないみたいなので、しばらく休養を取るようにと言っておいた。


「聖剣ねぇ……」

「お兄様、スペンサー王国にも聖剣はあるのですか?」


 お兄様の視線が俺からお義姉様へと動いた。俺もお義姉様を見る。ちょっと困ったような顔をしたお義姉様が一口お茶を飲んだ。


「あるにはあるけど、本物なのかどうかは分からないわ」

「だれも使ったことがないのですか?」

「過去に使ったことはあるみたい。でも、普通の剣と変わりはなかったみたいなのよ。それで表には出さなくなっちゃったの。存在しているのも秘密にしてるみたい。偽物だったら王家としての体面にかかわるもの」


 王族も大変だ。そしてレイブン王国の王族もこれから大変なことになるのかも知れないな。どうか本物の聖剣でありますように。

 エルヴィン様が復活してから数日後が経過した。エルヴィン様の体に異常なし。


 支援物資として持って来ていた中級回復薬も、友達からのささやかなプレゼントとしてソフィア様に渡した。あとはハイネ辺境伯家へ戻るだけである。帰る準備をしていると、ソフィア様が俺たちのところへやって来た。


「ダニエラ様、アレックス様、ユリウス様、国王陛下がどうしてもお礼を直接言いたいそうなのです。移動や宿泊の手配はこちらですべて受け持ちますので、どうか王都まで来ていただけませんでしょうか?」


 ソフィア様の願い出に困惑するお義姉様。

 国としての支援ではなく、個人的な支援としてここへやって来たのだ。中級回復薬を渡したのはあくまでもプレゼントであって、そこに政治的な意味合いはない。


 エルヴィン様の口から詳しい内容が話されることはなかったが、先のボーンドラゴンとの戦いでは多くの人が負傷しているはずである。

 そんな中でエルヴィン様だけを特別に治療することができたのは、お義姉様とソフィア様が友達だったからに他ならない。


 他の人がこの話を聞けば、不満が噴出することは間違いないだろう。俺たちが王都へ行けば間違いなく問題になる。これ以上、騒ぎを大きくするべきではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る