第472話 負傷兵

 連れて行かれたのは屋敷の中でも最奥の部屋だった。日当たりはそれほど良くない。

 そんな場所に、まるで隠されるかのようにその負傷兵はいた。


「エルヴィン・ベルクマン騎士爵よ」

「やあ、こんな姿ですまないね」


 気さくな感じで左腕を上げるエルヴィン様。良く見ると、利き腕と思われる右手と、両足がないようだった。その姿を見たダニエラお義姉様が息を飲み、アレックスお兄様にしがみついた。アレックスお兄様はその光景をお義姉様に見せないようにするためなのか、顔の辺りに腕を回している。


「ちょっとエル! こちらの方たちがだれなのか、前に話したわよね?」

「そうだった、そうだった」


 愉快そうにエルヴィンさんが笑った。間違いなく、俺たちを気遣ってのことだろう。俺と言えば、正確な状態を確認するために『鑑定』スキルを使って凝視していた。『毒』の文字が浮かんでいる。念のため解毒剤も持って来ていて正解だった。


「アレックス・ハイネです。こちらは私の婚約者のダニエラ・クリスタル・スペンサー様です。その隣でジッと見ているのが、末弟のユリウスです。ユリウス、何か言うことがあるかい?」

「治療するのに包帯が邪魔ですね。取っても大丈夫ですか?」

「え? ああ、もちろん大丈夫だよ。でもまだ完全に傷口が塞がっていないんだ。ご婦人方には刺激が強すぎるかも知れないね」


 何気ない会話をしていると、ソフィア様がすごい力で俺の肩をわしづかみにした。ちょっと痛い。その目は力強く見開かれており、整った眉もキリリと引き締まっている。


「エルのケガは治るのね?」

「もちろんです。生きてさえいればどんな傷でも治せます。ただし……」

「ただし……?」

「さわやかな森の味がします」


 その場に沈黙が落ちた。世界樹の素材は少ない。王宮魔法薬師たちが持って来た世界樹の素材は、すべて弟子たちが完全回復薬を作るのに使った。そのため俺は、新たに調整した完全回復薬を作ることができなかった。今年こそは挑戦したいと思う。


「さわやかな森の味か。初級回復薬よりもマシな味だとうれしいな。ありがたくいただくよ」

「エルヴィン様、ユリウスの作った魔法薬は一味も二味も違います。中毒にならないように気をつけて下さいね」


 アレックスお兄様がニッコリと笑った。中毒って……人聞きの悪い言い方だな。まあ、元のゲロマズ魔法薬に戻れなくなるのは確かみたいだけどね。うん、確かに中毒かも知れない。


 ダニエラお義姉様とソフィア様を部屋から追い出して包帯を取った。なんだか傷口が腐りかけているような気がする。これが先ほど鑑定したときに出ていた毒の症状だな。一体何と戦ったのか気になるところだ。


「こちらが完全回復薬になります。グイッと飲んで下さい」

「これが完全回復薬か。初めて見るな。いただきます」


 グイッと飲むエルヴィンさん。その顔が一瞬ゆがんだ。さすがはさわやかな森の味。どんな味なのか気になるところだ。

 そんなことを思っている間に、失われた手足がグニョグニョと生えて来た。さすがにこの光景はお義姉様たちには見せられないな。アレックスお兄様も「うわ」みたいな顔になっている。


「ほ、本当に手足が生えて来た。信じられん。……動く、動くぞ!」

「そういう魔法薬ですからね。エルヴィン様、次はこれを飲んで下さい。なんだか体内に毒の症状が残っているんですよね」

「毒……ありがたくいただこう。甘ーい! なにこれ、解毒剤じゃないよね?」

「いえ、ただの解毒剤です。ただし、私が作った解毒剤ですが」


 エルヴィン様の叫び声が聞こえたのだろう。慌ただしくお義姉様たちが部屋の中に入って来た。そして元の姿に戻ったエルヴィン様を見て、ソフィア様がその場にしゃがみ込んだ。どうやら腰が抜けたらしい。


 即座にベッドから飛び起きたエルヴィン様がフォローに入る。

 うむ、完全回復薬はしっかりと効果を発揮したようだな。自分の才能が怖い。いや、ゲーム内の能力か。


 その場に崩れて泣き始めたソフィア様。それをなだめるエルヴィン様。この場にいない方が良いと感じた俺たちは、使用人の案内によって客室へと移動した。


「無事にケガが治ったみたいで良かったわ。さすがはユリウスが作った魔法薬ね」

「完全回復薬が予定通りの効果を発揮してくれて良かったです。効果に自信はあったのですが、実際に目の前で確認するまでは不安でしたからね。それにここへ一緒に来てよかったです」

「それはどうしてかしら?」

「エルヴィン様に毒の症状がありましたからね。一緒に解毒剤も飲ませおいたので、もう大丈夫だと思います」

「そうだったのか。よくやってくれたね。兄として誇らしいよ」


 そう言ってアレックスお兄様が頭をなでてくれた。うれしいような、恥ずかしいような、ちょっと複雑な気持ちである。そう思っていると、今度はダニエラお義姉様が抱きしめて来た。胸部装甲の圧がすごい。だがしかし、散々抱きしめられたことがあるので、うまく呼吸ができるように気道は確保できた。


 そのまま客室で用意されていたお菓子を食べる。なんでもレイブン王国だけで売られているお菓子だそうである。クッキーの間にあんこのようなものが挟まっている。なんだか最中みたいだな。懐かしい味がした。うまい。


 もきゅもきゅと食べていると、ようやく落ち着いたのか、ソフィア様とエルヴィン様が部屋へとやって来た。服装も先ほどの病衣ではなく、騎士服を身につけていた。

 さっきは気がつかなかったけど、エルヴィン様は体格がいいな。まさに屈強な男とはこのことだろう。なんだかソフィア様が小さく見える。こんな言い方は悪いかも知れないが、美女と野獣だな。

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