第471話 レイブン王国の国境の街

 俺たちが乗っているのは長距離移動用の特別な馬車だった。

 近年、競馬により馬の質が急激に高まったことにより、長距離に適した、たくましい馬が続々と増えているのだ。この馬車はもちろんその屈強な馬に引かせており、車体自体も揺れが少なく、丈夫なものになっている。それでも振動はつらい。


「ユリウスちゃん、お尻は大丈夫かしら?」

「大丈夫ですよ。問題ありません」


 先ほどダニエラお義姉様が俺を膝の上に載せようとしたのを断ったところである。体も大きくなってきたし、さすがに膝の上に載るようなお年頃ではない。正直に言わせてもらえば、断腸の思いで断った。やっぱりもったいなかったかな?


「もっと揺れの少ない馬車があると良いですね」

「何か考えがあるのかい?」

「えっと、こんなものを考えています」


 そう言って、金属を加工して作った板バネの構造を話した。ついでにスプリングの話もする。これまでは羊毛や綿花のフワフワなクッションでカバーするのが一般的だった。俺の話が実現すれば、新しい選択肢が増えることになる。


「面白いね。ハイネ辺境伯領に戻って来たら、さっそく試してみよう」

「まだ思いついただけなんで、どこまで本当に役に立つかは分かりませんけどね」

「ユリウスちゃんのアイデアなら大丈夫よ。あ、ちゃんをつけるのはやめた方が良かったわね」

「そうですね。さすがにレイブン王国でもその呼び方をされるのはちょっと恥ずかしいです」


 俺がうつむくと、笑い声が上がった。俺もお兄様も、お義姉様が沈んだ顔にならないようにするために必死である。この二日間で少しは元に戻りつつあったが、ふとした拍子に顔が暗雲のごとく曇るのだ。


 馬車の旅は盗賊や魔物に襲われることなく順調に進んで行った。それもそのはず。街につくたびに、レイブン王国へ向かう商人たちに混じって一緒に行動していたのだから。

 商人と一緒だと盗賊に襲われる心配もあったが、人数が多い分、対応できる可能性も増えるし、逃げるという選択肢も取りやすい。


 そのため、道程は順調なのだが、それなりに時間がかかることになった。ダニエラお義姉様の不安も募ることだろう。だが安全性には代えられない。

 数日後、ようやくレイブン王国が見えて来た。


「レイブン王国の国境が見えて来ましたわ」

「あれがそうなのですか? どんな国なのかちょっと楽しみですね」

「そう言えばユリウスは初めてスペンサー王国の外に出るんだったね。私は何度か来たことがあるけど、スペンサー王国とあまり変わらなかったよ。そうだ、レイブン王国には海があって、大きな港があるんだよ」

「海ですか。どこまでも広がっているんでしょうね」


 海がどんなものなのかはもちろん知っている。なのでアレックスお兄様の話に合わせておいた。スペンサー王国は内陸にあるからね。海や大きな港とは縁がない。海に面していれば、盛んに貿易を行っていたことだろう。


 国境を警備している人にアレックスお兄様が何やら見せると、明らかにその態度が変わった。どうやらこちらの身分を知っている人物のようである。俺は馬車の中にいて何を話しているのかは聞こえなかったが、何やらアレックスお兄様とダニエラお義姉様、ライオネルの三人で話し込んでいた。


「何かありましたか?」


 急ぎ足で馬車に戻って来たダニエラお義姉様に尋ねた。すぐ後ろからはアレックスお兄様とライオネルが続いている。三人が馬車に入ると、すぐに扉が閉まった。なんだか三人の表情が硬い。もしかして、間に合わなかった?


「すぐ近くまでソフィア様が来ているみたいです。もちろん、負傷兵を連れて」

「なんてむちゃな! 何かあったらどうするつもりなのですか」

「ソフィア様を責めないであげて。私が送った手紙を読んで、いても立ってもいられなくなったみたいなの。私のせいでもあるわ」

「ダニエラ……」


 そう言ってアレックスお兄様がダニエラお義姉様の肩を抱いた。視線をどこに向ければ良いか分からず、ライオネルを見た。ライオネルも困っているみたいだったが、すぐに馬車を出すように指示した。恐らく、ソフィア様がいる場所へと向かったのだろう。


 到着した場所は国境の街にある大きな一軒家だった。見る人が見れば、物々しい警戒態勢になっていることに気がつくだろう。

 そんな中、俺たちの乗った馬車が門番の案内によって庭へと進んで行く。庭にはすでに数人の豪華な衣装を身につけた人物が待っていた。


「ダニエラ様!」

「ソフィア様、待たせてしまいましたわね」

「そのようなことはありませんわ」


 本当に仲が良いのだろう。その場で抱き合う二人。美少女同士の抱擁はなかなか絵になるな。そんなちょっと不謹慎なことを考えながら、今、自分がやらなければならないことを瞬時に判断する。


「ダニエラお義姉様、私だけ先に行っても?」

「そうだったわね。私たちにはやらなければならないことがあるのだったわ」


 ダニエラお義姉様がソフィア様に向き合った。ソフィア様の表情も、先ほどの青白い顔色から、光が差したかのような明るい色になっている。


「こちらは私の婚約者のアレックス・ハイネ様よ。その隣が、義弟のユリウス様。ソフィア様、ユリウス様が作った完全回復薬を持って来たわ。ソフィア様の騎士に会わせてもらえないかしら?」

「もちろんよ」


 ダニエラお義姉様の問いに、ソフィア様が大きくうなずきを返した。

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