第469話 ダニエラお義姉様のお願い

 ダニエラお義姉様は王家からハイネ辺境伯家へ嫁いでくる大事な人である。万が一のことがあればとんでもないことになる。お父様が慎重になるのも仕方ないことだろう。その気持ちはとても分かる。


 お父様が眉間に手を当て、悩み始めたそのとき、ダニエラお義姉様がテーブルに頭がつきそうなほど頭を下げた。それを見て慌てたのは俺だけではなかった。


「ダニエラ様、頭を上げて下さい」

「お義父様、お願いがあります。どうかソフィア様のところへ行かせていただけませんでしょうか?」


 隣に座っていたアレックスお兄様も頭を下げた。ダニエラお義姉様本人の希望で仕方なくレイブン王国へ行かせたとなれば、国もハイネ辺境伯家へ抗議をしてくることはないだろう。


 沈黙が続いた。とても長く感じたのだが、実際はそうでもなさそうだ。お母様が憂色をただよわせながら声をかける。


「旦那様」

「分かった。レイブン王国へ行くことを許可しよう。アレックス、お前も一緒について行くように」

「分かりました。この身に代えてもダニエラ様をお守りします」


 顔を上げ、いつになく引き締まった顔でお父様を見つめるお兄様。

 どういうことだ? そんなに危険な旅路になるのかな。なんだか決意が重いような気がする。不安になってお母様を見ると、寂しげな笑顔を向けられた。めっちゃ気になってきた。


「この場だけの話よ。今、レイブン王国ではちょっとした問題が起きているようなの。それも、魔物絡みの問題がね」


 納得した。ソフィア様の婚約者である騎士が負傷したのは、その魔物との戦いによるものなのだろう。

 そこから見えてくるものは、その騎士はその戦いで戦果を上げて、ソフィア様の正式な婚約者として名乗りを上げようとしたのだろう。


 どんな魔物と戦っているのかは分からないが、完全回復薬だけで大丈夫なのだろうか? まだ情報が外まで漏れていないということになると、かなりの問題になっているのではないだろうか。大きな問題ほど、国が情報統制をするはずだからね。


「お父様、アレックスお兄様とダニエラお義姉様のことが心配です。私も一緒に行ってもいいですか? 戦いの役には立ちませんが、魔法薬なら作れます」


 レイブン王国へ行っても俺は戦いには参加しませんよ宣言をしておく。これを付け加えておかなければ、お母様が心配する。ミュラン侯爵領でのちょっとした小競り合いでも、怖い顔で「めっ」って言われたくらいなのだ。


「ユリウス……」

「大丈夫ですよ、お母様。魔物絡みの問題が起きているなら、回復薬がたくさんあるに越したことはないでしょう? ハイネ商会の良質な魔法薬を宣伝する良い機会ではないですか」


 心配そうな瞳の色をさらに深くするお母様。目をつぶり考え込むお父様。頭を下げたままのダニエラお義姉様。そんなダニエラお義姉様の顔をなんとか上げさせようと四苦八苦するお兄様。


「ユリウス、アレックスとダニエラ様と一緒にレイブン王国へ行くように。ダニエラ様、顔を上げて下さい。ユリウスも一緒に行くのです。もう大丈夫ですよ」


 それを聞いてダニエラお義姉様がようやく頭を上げた。そして俺は内心で驚いていた。何そのお父様からの厚い信頼。頼れる方の信頼なのか、何があってもやらかして解決する方の信頼なのか。お父様を問い詰めたい衝動に駆られた。


 お母様はうつむいて黙ったままである。反対なのだろう。それを我慢して口を閉ざしているのだ。そんなお母様の手をそっとなでた。すぐにお母様が握り返して来た。


「ご迷惑ばかりおかけして、本当に申し訳ありません」


 再び頭を下げようとしたダニエラお義姉様をお父様が片手で止めた。


「何を言うのですか。迷惑だなんて思っておりませんよ。かわいい娘のためにできる限りの手を打つのは、父親として当然のことですよ。そうだろう?」

「……ええ、そうね」


 顔を上げたお母様が力なく笑う。お母様も分かってはいるのだ。これが正しい選択だと言うことに。ただ、子供たちに対する思いが強いだけなのだ。

 これからの方針は決まった。すぐにレイブン王国へ向かう。ついでに騎士団で備蓄されている中級回復薬も持って行く。


 これから春になれば、トラデル川で川ヘラジカの角を取ることができる。持って行った分は、ファビエンヌと王宮魔法薬師たちに作ってもらうことにしよう。ハイネ商会へ納品する魔法薬もファビエンヌたちがいれば問題ない。あれ、もしかして、俺、いらない?


 翌日、バタバタと準備をしていると、さすがのロザリアも何かあったことに気がついたようである。ミラと一緒に問い詰めてきた。


「ユリウスお兄様、何かあったのですか?」

「キュ?」

「ああ、ちょっとお隣のレイブン王国に行くことになってさ」

「お出かけですか? わーい!」

「キュー!」

「あ、ロザリアとミラはお留守番だからね。良い子にして待ってるんだよ」


 ロザリアとミラの動きがピタリと止まった。それをちょっと離れたところで盗み聞きしていたミーカお義姉様の動きも一緒に止まる。あ、と思った瞬間、一気にミーカお義姉様が距離を詰めて来た。


「ユリウスちゃん、一体どういうことなのかしら? お姉ちゃんに詳しく教えてもらって良いかしら」


 笑っていない笑顔が俺に迫る。そして置いて行かれることが分かったロザリアとミラがワンワンと騒ぎ始めた。

 その騒ぎを聞きつけたカインお兄様が加わり、慌ててアレックスお兄様とダニエラお義姉様もやって来た。もちろん両親もだ。


 あまりの騒ぎになったので、お父様が全員をサロンへと集めた。どうやら何が起こったのかをみんなにも共有するつもりのようだ。本来ならお昼の時間にでも話すつもりだったのだろう。ちょっと困ったような顔をしていた。


 どうやら騒ぎになることを見越して、朝食の席では話さなかったようである。そしてそれに気がつかずに話してしまったのが俺である。

 まだまだ考えが足りないな。どの情報を出して、どの情報を出してはいけないのか、しっかり見極められるようにならなきゃいけない。

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