第468話 レイブン王国からの手紙

 冬が本格化する前に、アレックスお兄様とダニエラお義姉様がハイネ辺境伯家へと帰って来た。そしてその隣にはなぜか別の王宮魔法薬師の姿があった。どうして……。


「完全回復薬の作り方を教えてくれたお礼ですか。そんなお気づかいは必要なかったのに」


 どうやらハイネ辺境伯家の魔法薬師として、自由に使って欲しいとのことだった。事情を聞いて苦笑いする俺。だが、俺は知っている。それは建前で、本音はハイネ辺境伯家で王宮魔法薬師を鍛えて欲しいということに。


 きっとアリサさんがこれまでの練習の成果を披露したんだろうな。それで腕前がとんでもなく上がっていたから、別の王宮魔法薬師を送り込んで来たのだろう。こちらとしては魔法薬製作要員が増えるので別に構わないけどね。


 それからの日々は冬支度をしながら、魔法薬や魔道具、日用雑貨などのハイネ商会で売る商品を作りながら、温室で新しい素材の栽培に挑戦したりする日々が続いた。そしてあっという間に年が明け、雪解けの季節がやって来た。


「ダニエラ様、王都からお手紙が来ております」

「ありがとう。だれかしら?」


 日当たりの良いサロンでミラを抱えてノンビリとしていると、使用人が一枚の手紙を持って来た。ダニエラお義姉様は王都の家族と手紙のやり取りをしている。最初はその手紙かと思ったが、どうやら違うようである。


 ダニエラお義姉様がペーパーナイフを受け取り、慎重に封蝋をはがした。なんだか表情が硬くなっている気がする。隣でお茶を飲んでいたアレックスお兄様も心配そうだ。手紙を読むダニエラお義姉様の顔色が真っ青になった。その手が小刻みに震えている。


「ダニエラ、何が書いてあったんだい?」


 すかさずフォローに入るアレックスお兄様。その手はすでにダニエラお義姉様の手を握っている。素早い。俺の隣に座っていたファビエンヌが顔をこわばらせて、俺の腕に引っ付いて来た。最近、ファビエンヌの胸の発育がさらに良くなっているような気がする。いやいや、今はそんな邪念を払わねば。


 声が出ないほど動揺しているようだ。ただただ手紙をアレックスお兄様へ差し出した。それを受け取ったアレックスお兄様がサッと目を通した。そしてこちらを見た。


「ユリウス、前にもらった完全回復薬を使わせてもらいたいんだけど、良いかな?」

「もちろんです。私に遠慮はいりませんよ」


 何が起こったのかは分からないが、完全回復薬を使わなければならないほどの重傷を負った人物がいるようだ。そしてその人物はダニエラお義姉様と深く関わりがある人物。それも、この国も者ではないだろう。


 なぜならば、仮に王族のだれかだとすれば、王宮魔法薬師が作った完全回復薬を使うだろうからね。それができないとなると、相手は国外になる。そしてダニエラお義姉様に手紙が直接来たということは、他には秘密だということになるな。


 アレックスお兄様はそれ以上は何も言わずに、ダニエラお義姉様をしっかりと支えた状態でサロンから出て行った。たぶんお父様に相談しに行ったのだろう。残された俺たちはちょっと不安になりながらも、そのままその日を過ごした。


 その日の夜、俺はお父様から執務室へ呼び出された。恐らく昼間の件についてだろう。急いで執務室へ向かうと、そこにはお父様だけでなく、お母様とアレックスお兄様、ダニエラお義姉様の姿もあった。


 お母様の隣があいているので、そこに座る。当然のことながら、すぐに従者や使用人たちが部屋から出て行った。すぐにダニエラお義姉様が先ほどの手紙を俺に差し出してきた。

 内容を要約すると、西のレイブン王国の騎士が重傷を負い死にかけているようだ。

 手紙をダニエラお義姉様に戻し、次の会話を待った。ダニエラお義姉様が重い口を開いた。


「レイブン王国の王女、ソフィア様と私は小さい頃からの友人なのです。子供の頃はよくお互いの国を行き来していました。そのソフィア様の婚約者が、手紙に書いてある騎士のことなのです」


 なるほど、大体分かった。完全回復薬はとても貴重な品だ。相手が王族であるならば、俺たちが住んでいるスペンサー王国から、完全回復薬を提供することはなんの問題もない。もちろん、それなりの対価と引き換えになるだろうけどね。


 だがそれが、貴族や騎士となれば話が変わってくる。そう簡単にホイホイと配るようなことをすれば、完全回復薬の価値は低く見られるようになる。その結果、容易に提供できるものだと判断されるだろう。そうなれば、他国から足下を見られる可能性は十分にある。


 ソフィア様とその騎士が正式な婚姻を結んでいればなんの問題もなかったのだろう。だがこの手紙から察するに、どうやら婚約者ではあるものの、正式なものではないような気がした。

 ただの騎士であるならば、そう簡単に完全回復薬を使うわけにはいかない。


「友達からのお見舞いとして完全回復薬を渡したいということですか。それならば国の判断は必要ありませんからね。良い考えだと思います。ダニエラお義姉様の好きに使って下さい」

「さすがはユリウス、話が早くて助かるよ。お父様、ユリウスもこう言っているのです。ソフィア様に提供しても構いませんよね?」


 腕を組んで考え込むお父様。それだと何かまずいことでもあるのかな? ダニエラお義姉様がすがるような目でお父様を見つめていた。


「そうだな、そうする他ないか。だが、単に魔法薬だけをレイブン王国へ送るわけにはいかないだろう。お見舞いとして、アレックスとダニエラ様が行く必要があるのではないかね?」


 どうやらお父様はダニエラお義姉様がソフィア様のことを心配していることが気になっているようだ。完全回復薬を送りつけただけでは、その心配が取れないと思っているみたいである。


 確かにそうかも知れないな。手紙を受け取ったときの顔を見れば容易に想像できる。今だってそうだ。顔色が良くない。魔法薬を送っただけではダニエラお義姉様の心は元には戻らないだろう。そうなれば、日常生活にも悪影響が出るかも知れない。

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