第467話 戻って来る者、帰る者

 それからの日々は、アリサさんの技術力向上を中心に毎日を過ごしていった。

 なんとしてでも、完全回復薬を確実に作れるようになって帰ってもらわなければならない。ライラさんとクラークさんは当分の間ハイネ辺境伯家にいてくれるみたいなので、これからじっくりと実力をつけてもらえば良い。


 社交界シーズンが終わりに近づいたころ、四人の腕前は完全回復薬を作るのに十分なところまで上昇した。アリサさんはすでに王宮魔法薬師の中でトップの腕前だと思う。師匠(仮)として誇らしい限りである。


「あと一週間ほどでお父様たちが帰って来るよ」


 夕食の時間にアレックスお兄様がそう言った。

 今日の夕食はハイネ辺境伯家の者だけでなく、アリサさんたちやライオネルたちも一緒だった。何かあるなとは思っていたが、どうやらこの話だったようである。隣に座るロザリアが飛び跳ねて喜んでいた。


「そうなると、ダニエラお義姉様も王都へ戻ることになるのですか?」


 現状、ハイネ辺境伯家はアレックスお兄様とダニエラお義姉様で回っていると言っても過言ではなかった。ハイネ商会の運営に、競馬の運営、領内の仕置き。どれもアレックスお兄様一人では無理だ。


 両親が戻ってくるとはいえ、ダニエラお義姉様にもいて欲しい。そして正直に言わせてもらえれば、短期間だとしてもダニエラお義姉様がいなくなるのは寂しい。すでに俺は本当の姉だと思っている。おっぱいにつられたわけではない。俺はアレックスお兄様とは違うのだ。


「そんな顔しないで。戻る予定はないわ。私の居場所はここだもの」


 ダニエラお義姉様がふわりと笑った。ちょっとひどいことを言ってしまったことに反省する。ダニエラお義姉様だって王都にいる家族に会いたいはずなのに。ますます落ち込んでしまった俺をロザリアがなでてくれた。なんだろう、この、妙に照れくさい感じ。


「お父様たちが戻って来たら、一週間ほど王都に行こう。きっとダニエラの顔を見たいと思っているはずだよ」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」


 すかさずフォローするアレックスお兄様。ヤダイケメン。俺ももっとイケメン度合いを高めないといけないな。もちろんプレイボーイになるつもりはないけどね。イチャイチャし始めたので視線を別方向へと向ける。


「アリサさんとはお別れになりますね。寂しくなります」

「え?」


 おいしそうに料理を食べていたアリサさんの手からフォークがポロリと落ちた。固まっている。一体どうした。完全回復薬は作れるようになったのだ。その作り方を王宮魔法薬師たちに伝えるために王都へ戻るのは当然だろう。帰るのが遅れて雪道にでもなれば、王都まで戻るのが大変になる。


「まさか、そんな……ああ、そうだわ。ライラとクラークが戻れば良いんだわ!」

「ダメですよ。ジョバンニ様から指名されたのはアリサさんでしょう? 今の俺たちは修行中のしがない魔法薬師。そしてハイネ辺境伯家の魔法薬師なんですから」

「あああ、ずるいわ。ウソよ、こんなこと。どうしてこうなった、どうしてこうなった……」


 頭を抱え、うんうんとつぶやいているアリサさん。今はそっとしておこう。どうやら普通にここで暮らしていくつもりだったようである。そしてライラさんとクラークさんはこのままここに居続ける気満々のようである。大丈夫かな。ジョバンニ様に怒られたりしない?


 そして地雷を踏み抜きたくないのか、一切のフォローをしないライラさんとクラークさん。ちょっと冷たいような気もするが、それだけここに居たいということなのだろう。ありがたく思うとしよう。

 お父様たちが戻って来るまでの間、アリサさんの嘆きの日々は続いた。これにはさすがの俺も閉口した。


「お父様、お母様、お帰りなさいませ。カインお兄様とミーカお義姉様も元気そうで何よりです」

「今帰ったぞ。みんなも元気そうで安心した。……一人、なんだかものすごい顔をしている者がいるが、大丈夫か?」

「ああ、気にしないで下さい。王都へ帰りたくないだけですから」


 首をひねるお父様。ハイネ辺境伯家へ王宮魔法薬師が来ていることは知っているので、あとで話せば納得してもらえるだろう。今はとにかく、旅の疲れを癒やしてもらわないといけないな。


 みんなでサロンに行き、これまでの近況を話した。アリサさんの話を聞いて、お父様たちは苦笑いしていた。


「完全回復薬の話は聞いている。技術を習得するまでに一年ではすまないだろうという話だったのだが、そうでもなかったみたいだな。国王陛下もお喜びになることだろう」

「ありがたいお話です。アリサさんが優秀な魔法薬師だからこそですよ」


 ハッとした表情をするアリサさん。何その反応。その手があったかみたいな顔をするのはやめてもらえませんかね? もう完全回復薬を作れるようになっているんだから、これ以上、国王陛下やジョバンニ様を待たせるわけにはいかないからね。


 そのことはお父様もよくわきまえていたみたいで、三日後にはアレックスお兄様、ダニエラお義姉様と共にアリサさんを王都へ送り出した。王都行きの馬車に乗り込むアリサさんの姿は、まるでこれから売られていく子牛のようだった。

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