第466話 カオス空間

 完全回復薬が高難易度の魔法薬であることを実感したところで、別の魔法薬を教えることにした。このままでは自信をなくしてしまうかも知れない。それはまずい。


「しっかりと丁寧な魔法薬作りを心がけていれば、技術力は必ず向上しますよ。そのためにも、色んな種類の魔法薬を作れるようになっていた方が良いですね」

「言われてみれば、最近は同じ魔法薬ばかり作っていたような気がします」


 アリサさんたちが苦笑いしている。それも仕方がないことなのかも知れない。王宮魔法薬師は国が必要としたものだけを中心に作る機関だからね。勝手に色んな魔法薬を作るわけにはいかないのだ。もちろん、色んな魔法薬の研究はしているだろうけどね。


 その後はホットクッキーや植物栄養剤、初級魔力持続回復薬、塗布剤、はっ水剤なんかの魔法薬の作り方を教えた。すでに作り方を知っているファビエンヌと一緒に実演し、みんなにも作ってもらった。

 こちらはどれも一回で十分な品質の魔法薬を作ることができた。これで少しは自信を取り戻してもらえたかな?


「あの、今さら言うのもなんですが、教えて良かったのですか? どれも秘伝の魔法薬ですよね?」


 恐る恐るではあったが、アリサさんの目は輝いており、体はプルプルと感激しているかのように小刻みに震えていた。大げさである。そう思ってファビエンヌのクスリと笑い合ったのだが、ライラさんとクラークさんも同じようにプルプルしていた。

 思わずファビエンヌと一緒に真顔になった。もしかして、まずかった?


「大丈夫ですよ。皆さんを信頼していますから。ここで学んだことを悪用したりはしないでしょう? それに、ライラさんとクラークさんはこれからハイネ辺境伯家で一緒に魔法薬を作ることになるのです。何も問題ないですよ」

「もちろんです! この秘伝のレシピは慎重に取り扱わせていただきます」

「さすがはユリウス先生。先生と一緒に仕事をしたことは代々語り継いでいきますよ」

「いや、語り継がなくて良いからね?」


 ライラさんとクラークさんが目を輝かせている。まぶしい。キミたちは何をどう語り継ごうと言うのかね。なんだか心配になってきたぞ。

 そんなちょっと気が遠くなりそうな午前中を終えて、午後からはハイネ辺境伯家自慢の薬草園と温室を案内することにした。


「ここが薬草園になります」

「こ、これが薬草園? 王城にある薬草園と全然違う」

「艶も張りも、いえ、葉のつき具合も全然違うわ。どうしてこんなに生き生きしているのかしら」

「こんなにフサフサに薬草や毒消草が生えているのを初めて見ましたよ」


 三人が興奮している。そういえば王城の薬草園をしっかりと見たことはなかったな。確かにここと比べると寂しげだったような気もしたが、あれは収穫したあとだと思っていた。そうなると、この薬草園が全く違うもののように思えてもしょうがないのかも知れない。


「定期的に先ほど教えた植物栄養剤を与えたりしていますからね。あ、植物栄養剤は教えた通りに薄めて使って下さいね。間違っても原液で使うことがないように」

「もちろんです。使用方法はしっかりと守りますわ。ところで、あれは何ですか? 魔道具ですよね?」

「ああ、あれはロザリアが開発した散水器と呼ばれる水をまく魔道具ですよ」

「散水器」


 ジッとそれ見つめる六つの瞳。ロザリアがこの場にいなくて良かった。いたら質問攻めにされていたことだろう。そのまま俺は散水器の性能と、魔法で生み出した水を与えると成長が促進され、品質も上がることも教えておいた。王都に戻ればさっそく試してくれることだろう。


 温室へ行くと、もっと騒ぎになった。ここは一年中、気候を好きなように変えることができるので、色んな素材の栽培を行っているのだ。まだ実験段階の物も多いが、鑑定スキルと、植物育成系スキルによって育てられるようになった物もたくさんあった。


「し、信じられない! これが栽培できるだなんて」

「き、キノコも育てられるの? 一体、どんな原理でこんなことに」

「ここはまさに素材の宝石箱だ!」


 興奮してあちこち移動してはワイワイと騒ぐ三人を見て、さすがのファビエンヌもおびえているようだ。俺の腕にしっかりとしがみついている。俺たちは見慣れているのでなんとも思わなかったが、冷静に考えると三人のような反応が普通だよね。


「ジョバンニ様がこの光景を見たら、もう二度と王城へは戻って来ないでしょうね。私も帰りたくない」

「アリサさん、怖いこと言わないで下さいよ」

「良かった、修行の旅に出て、本当に良かった」

「英断だったわね、私たち」


 クラークさんが涙を流し、それをライラさんが泣きながら励ましていた。何このカオス空間。まさか素材を栽培しているところを見せただけでこんなことになるとは思わなかった。


「ユリウス先生、世界樹は育てられないのですか?」

「挿し木をすれば育つかも知れませんが……絶対にやりませんからね?」


 これは絶対にやってはいけない案件だ。いくら世界樹の素材が欲しくても、これだけはやってはならない。ハイネ辺境伯領にも世界樹が育ったら、もうどうにもならないくらい人が集まって来るだろう。


 避暑地であり、競馬が開催されるだけでも大変なことになっているのに。競馬を提案したのは失敗だったかなー。避暑地だけでも、湖や森の遊歩道を設置すれば十分に戦えたかも知れない。今さら言っても六日の菖蒲、十日の菊なんだけどね。

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