第465話 難易度高め

 旅の疲れを取ってもらうべく、サロンでお茶を飲みながら話をしていたのだが、どうにも王宮魔法薬師の三人がソワソワし始めた。どうやら完全回復薬のことが気になるようである。思わず苦笑してしまった。


「さすがに今から魔法薬の作り方を教えるのは難しいです。下準備を含めて、作成するのにそれなりの時間がかかりますからね。あ、そうだ、完成品の完全回復薬を見てみますか?」

「ぜひ!」


 ネロに頼んで部屋から完全回復薬を持って来てもらう。これで少しは落ち着いてくれると良いのだが。ネロが持って来たそれを三人が食い入るように見ていた。実物が目の前にあれば、少しは落ち着くかも知れない。いや、火に油をそそぐことになるかな?


「それにしても、どうして王城では完全回復薬を作ることができなかったのですか? 作り方は知っていると思っていたのですが……」

「それが、作り方が間違っている可能性と、難易度が高くて成功率が低い可能性とで意見が分かれているのですよ」

「なるほど。世界樹の素材は貴重ですからね。何度も挑戦することはできませんでしたか」


 簡単に手に入る素材なら何度も試して作ったことだろう。だが、今回はそれができない。手元にあれば、外交のカードとして使えるのだ。さすがのジョバンニ様も完全回復薬の作成を中止させるしかなかったのだろう。


「ちなみに、そのときの作り方はどのようなものだったのですか? あ、話せる範囲でいいですよ」

「それなんですが……」


 機密情報であるはずの魔法薬の作り方をアリサさんは包み隠さず教えてくれた。

 うーん、ひどい! というか、この作り方で本当に作れるの? 俺が知っている作り方と全然違うんだけど。使っている素材がほぼ同じだったことが唯一の救いだろう。


 ジョバンニ様、グッジョブ。止めてくれて良かった。貴重な素材を無駄に大量消費するところだったよ。

 これは一から作り方を教えることになってしまうな。


 そうなると、どこでこの作り方を知ったんだということになるのは間違いない。おばあ様の神通力がどこまで通用するか。そろそろ怪しまれているような気がする。おばあ様の師匠が何者であったのかも気になるところだ。


 王宮魔法薬師に完全回復薬の作り方を教えた人が、どうかおばあ様の師匠とは別人でありますように。


「あの、ユリウス先生の作り方と同じでしょうか?」


 こわごわと聞いてきたアリサさん。ライラさんとクラークさんも息をこらしてこちらを見ている。これから完全回復薬の作り方を教えることになるんだ。ハッキリと言ってしまった方が良いだろう。


「全然違います」

「やっぱり!」


 三人の声がそろった。どうやらこの三人は”作り方が間違っている派”だったようである。なんだかちょっとうれしそうな表情をする三人。喜ぶ場面ではないような気がするんだけどね。




 翌日、ファビエンヌを迎えに行くとすぐに完全回復薬を作ることになった。ファビエンヌを含めた四人が俺の作業を見つめている。素材を提供してもらったので、追加の完全回復薬を作ることができるようになった。それでも大量にではないので、慎重に作らなければならない。


「完成しました。今の手順で分からないところがあれば、遠慮なく言って下さい」

「作り方が全然違うわ……」

「どうりで失敗するはずだ」

「ユリウス様、測定機器の使い方をもう一度、教えていただけませんか? 初めて見る機器ですから、使って壊したりしないか心配ですわ」

「もちろんだよ、ファビエンヌ」


 絶句する三人と、いつも通りなファビエンヌの姿が対照的だった。俺がファビエンヌに使い方を教えていると、再起動した三人が慌ててメモを取っていた。

 衝撃的だったんだろうな。その気持ち、分かるよ。俺もアリサさんから作り方を教えてもらったときは衝撃的だったからね。


「それじゃ、さっそく作ってみましょうか。設備の都合上、一人ずつしか作れません。最初はアリサさんにやってもらいましょう」

「わ、分かりました」


 めっちゃ緊張してる。こんなに余裕がないアリサさんは初めて見た。いつもは難しい魔法薬を作るときでも不敵な笑みを浮かべているのに。

 慎重に教えつつ、補佐しつつ、魔法薬を作った。


「これは……失敗ですね」

「うーん、温度と圧力の調整が悪かったのかも知れませんね」


 アリサさんが作った完全回復薬は失敗に終わった。キラキラした不純物が溶液の中に現れなかったのだ。おかしいな、と思いつつもそのまま作業を続行したのだが、どうやらそれは失敗の兆候だったようである。


 完全回復薬レベルの魔法薬になると、途中で軌道修正をしてやり直すのが大変難しい。おかしいなと感じた時点で、もう手の施しようがなくなっているのだ。


「これは最初から最後まで気が抜けませんね」

「そうなりますね。ちょっとした変化も見逃さない。完璧に近い魔力のコントロールが必要になりますね」


 失敗を踏まえて、アリサさんが再び挑戦した。今度は成功したようで、なんとか完全回復薬を作り出すことに成功した。品質は低品質だったが。


「もしかして完全回復薬を作るのってかなり難易度が高いのでは?」

「そうみたいですね。それを一度も失敗せずに何度も作れるユリウス様はやっぱりすごいです」

「さすがはユリウス先生。己の未熟さを改めて痛感しました。ありがとうございます」


 アリサさんが頭を下げた。どうしてこうなってしまうのか。その後、ライラさんとクラークさんも挑戦したが、二度失敗したところで心が折れたようである。白旗を上げた。もう少し腕を上げてから挑戦することに決めたようだ。


 ちなみにファビエンヌは気後れしてしまい挑戦することはなかった。

 せっかくの機会なので挑戦してみたら良いのに、とは言えなかった。素材の値段がものすごく高いからね。庶民が軽く五年は暮らしていける金額なのだ。そりゃビビるわ。

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