第464話 王都から来た魔法薬師

 玄関の前には王宮魔法薬師と一目で分かる、丈の長い深緑のローブを身につけた人物と、旅人が身につけているようなマントを着た二人の人物がいた。どうやらここまで一緒に来たようである。

 それならいっそ、三人とも国王陛下の命令でここに来たことにすれば良かったのに。


「ハイネ辺境伯領へようこそ。我が領内で最新の魔法薬の作り方が広まることをうれしく思います」

「いえ、とんでもありません。これも国王陛下の『国内に最新の魔法薬の作り方を広めたい』というお心によるもの。私は国王陛下の指示に従ったまでです」


 なんとなく白々しい会話が続いている。それを黙って聞く俺たち。

 国王陛下の命令によりここへ来たのは、王宮魔法薬師の中でも一位、二位の実力を持つアリサさんだ。そのことからも、国王陛下、いや、ジョバンニ様の本気度が分かる。なんとしてでも完全回復薬の作り方をゲットしたいらしい。


 アリサさんとのあいさつが終わると、次は魔法薬師としての修行のため、たまたまここへ立ち寄ったという、ライラさんとクラークさんとあいさつをする。この二人は夫婦である。なんだか俺とファビエンヌの関係に似ているな。


「突然、押しかけて申し訳ありません。国内で有数の魔法薬を販売しているハイネ辺境伯領で、ぜひとも魔法薬師としての修行をしたいと思いまして参上しました。どのようにでも使っていただけると幸いです」

「ありがとうございます。こちらとしても人手が足りなくて困っていたところなのですよ。二人の働きに期待しています」

「はい」

「お任せ下さい」


 すごい、目がランランと輝いている。タダ働きさせられるかも知れないのに良くやるな。まあ、そんなことはなく、ちゃんとお賃金は出るんだけどね。それに色んな魔法薬の作り方を教えることになるんだ。すごく得する修行だと思う。


「おっと、忘れるところでした。ユリウス先生にレオン様からお手紙があるのでした」


 そう言ってアリサさんが胸元から一枚の手紙を取り出した。そこにはレオン・ミュランの文字があった。間違いない。レオン君からの手紙だ。もしかして、俺が完全回復薬を作れることがレオン君にもバレている? 手紙の中身を見るのが怖いな。


 恐る恐る手紙を開いてみると、そこには”ボクにも完全回復薬の作り方を教えて欲しかった”と涙でにじんだ文字で書いてあった。……胃が痛い。これって俺が悪いのか?


「ユリウス様、どうかなさいましたか? その手紙にはなんと?」

「大丈夫だよ、ファビエンヌ。レオン君が自分も完全回復薬の作り方が知りたいと書いてあっただけだよ。アリサさん、王都へ戻ったら、レオン君にも完全回復薬の作り方を教えてあげて下さいませんか?」

「それは構いませんが……レオン様はユリウス先生から直接習いたいのではないでしょうか?」


 そうかも知れない。でもそうなると、教えるのは早くても来年の春になってからになる。そんなに待たせるわけにはいかないだろう。そんなことをすれば、第二、第三の”涙でぬれた手紙”がハイネ辺境伯家へ送られてくることになるだろう。そんなことになれば、本当に胃に穴があくぞ。


「次にレオン君に会ったときにしっかりとコツも含めて教えますよ。ですから、一通りの作り方を教えておいて下さい」

「承知いたしました。お任せ下さい」


 アリサさんが深々と頭を下げた。なんだかなー。相変わらず俺に対する忠誠度が高すぎるような気がするんだけど。人生の先輩なんだし、国内でもっとも地位の高い魔法薬師の一人なんだし、もっとフランクに接してもらいたいな。すごい贅沢な悩みだけど。


 まずは旅の疲れを癒やしてもらうためにサロンでこれまでの話を聞いた。どうやら王城にはドラケン辺境伯からそれなりの数の世界樹から採れた素材が持ち込まれたそうである。


 当然のことながら国王陛下は度肝を抜かれただろうし、ジョバンニ様は、いや、王宮魔法薬師たちは狂喜乱舞したはずだ。


 当然、国王陛下からはこの素材はどこから手に入れたものかと聞かれたそうである。それに対してドラケン辺境伯が「自分の領内で採れるようになった」と言うと、大喜びしたそうである。


 それはそうか。世界樹の素材が手に入るとなれば、それを欲しがる国はたくさんある。政治的なカードとしても有効に使えるはずだ。


 国が危険にさらされるのでは? とも思ったが、現在我が国に敵対しているのは隣の大陸にあるラザール帝国のみ。そしてその国はこちらの大陸に存在する全ての国から嫌われている。圧倒的に不利な状況で、わざわざ海を越えてまで攻撃して来ることはないだろう。


 だからこそ、こちらの大陸にあるルンドアル王国を利用しようと考えていたのだから。まあそれもついえてしまったけどね。


「世界樹の素材が手に入るようになったのがユリウス先生の活躍によるものであると聞いて、国王陛下が大層お喜びになっていたそうですよ」

「ソウデスカ」


 どうしてそこで俺の名前を出すんだ。世界樹の種を持っていたのはドラケン辺境伯だし、それがないと、そもそも世界樹の素材が手に入ることもなかった。俺がどうこうしたわけではないと思うのだが。


 あれかな、やっぱり世界樹の成長を千年早めたのはまずかったのかな? 森の精霊の加護ももらっちゃったしね。あうあう。どうしてこうなった。これ完全に国王陛下からもロックオンされていますよね?

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