第461話 ダメだったらしい

 翌日、朝の鍛錬と薬草園の管理を終えると、すぐにファビエンヌを迎えに行った。久しぶりにミラに乗って移動をする。空の旅はなかなか良いものだね。領民たちもさすがに空までは気にしていなかった。それに目立たないように、なるべく屋根の上を移動していたからね。


「お待ちしておりましたわ、ユリウス様」

「ごめん、遅くなったかな?」

「いえ、そのようなことはありませんわ」


 アンベール男爵家でファビエンヌに迎えられて、そのままサロンへと案内された。さすがにご両親にあいさつも無しに連れて行くのはまずいだろう。


「これはこれはユリウス様。ようこそいらっしゃいました」

「おはようございます。またファビエンヌの力をお借りしたいと思っています」

「もちろんですとも。ファビエンヌもなんだか落ち着かない様子でしたからね」

「お父様!」


 秘密を暴露されて顔を赤くするファビエンヌ。やっぱりかわいいな、俺の嫁。そんなファビエンヌを夫人も温かい目で見守っていた。

 ファビエンヌを含め、アンベール男爵夫妻にこの二日間での出来事を話した。


「魔法薬が売り切れていただなんて。遠慮なく呼んで下されば良かったのに」

「そんなわけにはいかないよ。俺だけがファビエンヌを独占するわけにはいかないからね」

「そのようなお気づかいを……ありがとうございます」


 アンベール男爵に頭を下げられた。そんなつもりはなかったんだけどな。家族団らんを楽しんで欲しかっただけだ。だが、あまり気をつかいすぎるのも良くないのかも知れない。

 こちらが辺境伯という身分なだけに、男爵家は何かと恐縮してしまうみたいだ。


 これからは毎日ファビエンヌを送り迎えすることを約束してからアンベール男爵家をあとにした。

 久しぶりに乗るミラの背中に、ファビエンヌが昔のように俺にしがみついている。胸の感触が前よりも力強くなっているのは気のせいだろうか?


「久しぶりに空を飛ぶと、ちょっと怖いよね?」

「そ、そんなことはありませんわ」


 そう言いながらもギュッと捕まったファビエンヌ。怖くないならどうしてこんなにしっかりとしがみついているのだろうか。まさか、俺に会えないのが寂しくてギュッとしがみついている?


 聞きたいけど、聞いてはいけないような気がする。そう思うと、なんだかファビエンヌの心臓の動きがドクドクと背中に伝わってくるような気がしてきた。もちろん俺の心臓もドキドキだ。

 二人でドキドキしている間にも、ミラはご機嫌な様子で空を滑空して行った。


 屋敷に到着するとすぐに魔法薬作りに入った。今日は冬に備えてホットクッキーを作っておこう。ファビエンヌが一緒にいるので楽しく作業することができた。

 お昼になったので食堂へ向かうと、そこにはなんだか難しい顔をしたダニエラお義姉様の姿があった。


「ダニエラお義姉様、何かあったのですか?」

「ユリウスちゃん……実はね」


 そう言ってから一枚の手紙を取り出した。差し出された手紙をファビエンヌと一緒に見る。気になったのか、膝の上にいたミラも身を乗り出してきた。字、読めないよね?


「えっと……これ、私たちが読んでも良かったのですか?」


 その手紙は王都にいる王妃殿下、すなわちダニエラお義姉様のお母様からの手紙だった。手紙の中には”王宮魔法薬師が完全回復薬を作ろうとしたけど失敗した”と書いてあった。

 この国で一番技術力を持っていると思われる魔法薬師の集団が完全回復薬を作れない。その事実が広がるのはまずいような気がする。


「もちろんよ。王宮魔法薬師は完全回復薬を作れない。でも、ユリウスちゃんは作れるでしょう?」

「まあそうですが……」


 ファビエンヌにも俺が完全回復薬を作れることは話してある。だが、王宮魔法薬師が作れなかったことには驚いているようである。目を大きくして何度も手紙に目を走らせていた。


「完全回復薬を作るのは難しいのですか?」

「難しい部類には入るかな。それ以前に、素材を集めるのが大変だからね。ファビエンヌにも作り方を教えたいところだけど、素材がないから教えるのはまだ先になるかな」


 眉を曲げて、複雑そうな表情をしたファビエンヌ。王宮魔法薬師が作れない魔法薬を、教えてもらっても良いのかと思っているようである。良いんです。俺にもしものことがあったときに、だれも作れないでは困るのだ。


「ねえ、ユリウスちゃん、完全回復薬の作り方を王宮魔法薬師たちにも教えてもらえないかしら?」

「それは別に構いませんが、王都へ行くのはちょっと……ハイネ辺境伯家に戻って来たばかりですからね。ここでやりたいことが他にもありますし」


 それに今から王都へ行くとなると、ファビエンヌと離れ離れになってしまう。もちろんミラとも離れることになる。それは嫌だ。断固拒否である。


「もちろんそれは分かっているわ。だからここへ王宮魔法薬師を呼ぼうと思っているのだけど、どうかしら?」


 悪くない話だと思う。その代わりと言ってはなんだが、ついでにハイネ商会で売りに出す魔法薬も作ってもらおう。魔法薬を作る腕前も上がるだろうし、王宮魔法薬師にとっても悪い話じゃないはずだ。


「アレックスお兄様が許可するのであれば、私は構いませんよ。ついでにハイネ商会での仕事も手伝ってもらうのはどうでしょうか?」

「良い考えね。そうだわ、定期的に王宮魔法薬師を呼んで、技術力向上のためと言って魔法薬を作ってもらいましょう」


 良いのかな、それ。職権乱用になるんじゃないのかな? まあこの国のお姫様の命令となれば、断ることはできないと思うけど。きっと俺が完全回復薬を教える条件に組み込むんだろうな。ダニエラお義姉様はなかなか抜け目がないようである。

 これならハイネ辺境伯家の将来も安泰だな。

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