第459話 もう慣れっこだよね

 せっかくお湯が沸いたのでお茶にしようかと思ったのだが、残念なことに工房にはお茶を飲むスペースがなかった。これはあまり良くないな。いつでも凝り固まった頭をリフレッシュできるように、ちょっとした休憩場所を作っておこう。もちろんそこにはお茶を置いて、だれでも飲んで良いようにする。


 そんなことを考えて、どこにその場所を作ろうかと思っていると、ロザリアが工房へやって来た。どうやら朝のお稽古事が終わったようである。


「ユリウスお兄様、もうここへ来ていたのですね」

「工房の様子を確認しておきたかったからね。俺がいなくても問題なかったみたいで安心しているよ」

「そんなことはありませんわ。失敗することが多くて……お兄様、これは?」


 職人たちが囲んでいる湯沸かし器をめざとく見つけたロザリア。しげしげとそれを見つめている。目が据わっている。もしかして、その魔道具の開発にはロザリアも一枚かんでいたのかな?


「いつの間に……もしかして、完成しているのですか?」

「う、うん、一応、完成はしているかな? まだまだ改良の余地があると思うけどね」


 ロザリアが職人たちに使い方を聞いてスイッチを入れる。再びお湯が沸き、スイッチが切れて音楽が鳴った。ちょっとプルプル震えている。これはまずい。ロザリアがいるときに作業するんだった。でもロザリアがいつ来るのか分からなかったしな~。


「お兄様が作業をしているところを私も見たかったですわ」

「わわっ! そ、それならこれからその魔道具の設計図を描くから、一緒に作ろう。他のみんなも良いね?」

「わ、分かりました」

「もちろんですとも!」


 半泣きになったロザリアにみんながあせり始めた。俺は急いで設計図の作成に入った。ネロにはその間に休憩スペースを作ってもらおう。

 こうしてみんなに作り方を教えながら午前中の時間はすぎていった。


「これなら私でもお茶を入れることができますわ」

「みんなもここにあるお茶は自由に飲んで良いからね。ドライフルーツもあるし」

「キュ!」


 ネロはしっかりと仕事をこなしてくれた。少し狭いが、物作りをしながらすぐに休憩が取れるのはありがたい。ミラもドライフルーツにありつけてうれしそうである。職人たちは代わる代わる休憩を取っていた。


「湯沸かし器があれば、庭でも熱いお茶が飲めるね。これから寒くなってくるし、体を温めるのにはちょうど良いかも」

「お屋敷の調理場からお湯を運んでくると、どうしても少し冷めてしまいますからね。この魔道具はとてもありがたいです」


 ネロもこの魔道具を気に入ったようである。その表情が明るい。魔法で温度を上げることもできるが、繊細な魔力操作が必要なので一般的ではないのだ。

 もちろんネロはそれができる。でも神経を使うのだろう。ときどき眉間にシワがよっていた。


「貴族や富裕層向けの高級仕様の物を作っても良いかもね。周りに装飾を施せばそれっぽくなると思う」


 ふんふんと一緒にお茶を飲んでいた職人がメモを取っている。ガラスペン作りで培った素敵なデザインを期待しているぞ。あとは職人たちに任せても大丈夫そうだな。あまり俺が出しゃばらない方がいい。みんなの成長を妨げることになりかねないからね。


 みんなとお茶をしている間にお昼の時間が近づいてきた。先ほど、アレックスお兄様から連絡があり、一度、屋敷に戻ることになった。

 商会の視察は昼食が終わってからだな。ちょっと工房に長居しすぎたようである。


「ユリウスお兄様、これを持って帰りますわ。きっとアレックスお兄様が驚きますよ」

「そうかも知れないね、アハハ……」


 ロザリアは湯沸かし器を持って帰って、アレックスお兄様に自慢するつもりのようである。そのうちバレることになるとは思っていたけど、ここまで早いとは思わなかった。帰って来た次の日に新しい魔道具を作っていたら、さすがにあきれられるかな? いや、もう慣れっこか。


 屋敷に戻り、食堂へと向かう。アレックスお兄様たちはすでに来ていた。アレックスお兄様が昼食を持ってくるように頼んでいる目の前で、ロザリアが湯沸かし器をドンとテーブルの上に置いた。


「ロザリア、これは一体何かな?」

「以前にお話ししていたお湯をあっという間に沸かす魔道具ですわ」

「あれは確か、失敗したんじゃなかったっけ?」


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様がお互いに顔を見合わせた。どうやら湯沸かし器の魔道具が作られていることを知っていたみたいだ。そしてそれがうまくいかなかったことも。


「ユリウスお兄様が完成させてくれましたわ。それがこれです!」

「……試しに使ってみても良いかな?」

「もちろんですわ!」


 そして食堂に鳴り響くお湯が沸いたのを知らせるメロディー。フタを開けると水蒸気が湧き出てきた。静まり返る食堂。食堂にいた使用人たちが目を大きくしながら湯沸かし器を見ていた。


「さすがはユリウスちゃんね」

「そうだね。まさか帰って来た次の日に新しい魔道具を作るとは思わなかったよ」

「アレックスお兄様、それは違いますよ。元々、この魔道具はほとんど完成していましたからね。ちょっと手を加えただけです」

「うーん、ユリウスはそう思うかも知れないけど、何度も検討を重ねて、どうにもならなかった魔道具なんだよね」


 思わず「え?」って言いそうになったけど、グッとこらえた。どうやらこの魔道具の開発に携わっていたのはロザリアや職人たちだけでなく、アレックスお兄様も加わっていたようだ。たぶんダニエラお義姉様も。だって”ウソでしょ”みたいな目で湯沸かし器を確認しているからね。


 つまり俺はみんながさじを投げた魔道具をいともたやすく完成させてしまったというわけだ。どうりで俺が開発者みたいになっているわけだ。こんなことなら口だけ出して、手を出さなければ良かった。どうしてこうなっちゃうかなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る