第458話 湯沸かし器
アレックスお兄様とダニエラお義姉様は工房を一通り見て回ると店舗へと向かった。商会で売られている商品のチェックを行うようである。ここでしばしのお別れである。
そう言えば昨日の夕食の話で、魔法薬の在庫が切れかけていると言っていたな。心配なのだろう。
それもそうか。商会に所属する職人の中で魔法薬を作れるのは、俺とファビエンヌしかいないからね。その二人が一ヶ月以上いなかったら、そりゃ在庫も切れるか。結構な量を作り置きしておいたはずなんだけどね。それだけハイネ商会で売られている魔法薬が人気だということなのだろう。
ファビエンヌに相談しよう。さすがに数日は家族との団らんを過ごしたいと思っているだろうから、慎重に日時を決めないといけないな。
「ユリウス様、王都ではどのガラスペンが人気でしたか?」
「注目を集めていたのは色が少しずつ変化している種類の物だったね。あとはキラキラとした金箔が入っているものだね」
「なるほど。どちらも店舗に出すとすぐに売れる商品だったのですよ。それで王都でも売れるかなと思っていたのですが、当たりだったみたいですね」
商品開発だけでなく、売れ行きも考慮するようになったのか。頭の固い職人が多かったのだが、広い視野で考えるようになっているみたいだ。実に良い傾向だな。
その後は魔道具の改良案の提案があった。機能面はそのままに、簡易化、軽量化、小型化を意図しているものばかりだった。
もちろんすぐにオーケーを出した。製造コストは下がるし、持ち運びも便利になる。新型モデルとして売りに出すことにしよう。
最後は新しい魔道具の提案があった。
「なるほど、勝手にお湯を沸かしてくれる魔道具か」
「はい。試作を作ってみたのですが、お湯が沸騰しすぎてしまって危険なのですよ。それで沸騰すれば音が鳴るようにしたのですが、それでも気がつかずに大変なことになることがあって……」
どうやらそこで開発を中止したようである。自動湯沸かし器、便利だと思うんだけどな。特に使用人には人気が出るだろう。
庶民の家庭でも、いつでも簡単にお湯を沸かすことができれば、衛生面が改善するだけでなく、お茶の文化も広がるかも知れない。
「ちょっと見せてもらっても良いかな?」
「はい。こちらになります……」
「これは……」
過剰に加熱してしまうのだろう。一部が溶けている。音が鳴る仕組みは、沸騰するときの水蒸気を利用して、口笛と同じ要領で音を鳴らすみたいだ。ピーピーと音が鳴るはず。
発想はすごく良いんだけどな。あと一歩なんだけど、気がつかなかったみたいである。
このままお蔵入りするのはもったいないのでちょっと提案しようかな。もちろん俺は手を出さないぞ。
「水蒸気を利用して、スイッチが切れる仕組みにすれば良いんじゃないかな?」
「スイッチが切れる?」
「うん。この音が鳴る場所にスイッチを組み込んでおくんだよ」
オンにしたスイッチが水蒸気の圧力でオフになる仕組みである。それほど難しくはない。あとはスイッチの固さの問題である。
ん? なんだか職人たちの目が大きくなっているんだけど。そしてこの沈黙は何。
「なるほど! その発想は思いつきませんでした。スイッチをここにつければ良いのですね。まさか水蒸気の力を利用して、スイッチを切る方法を思いつくとは……」
「さすがはユリウス様だ! これならいけそうだ」
「さっそく改良しましょう!」
ワイワイと騒ぎ出す職人たち。そして職人たちが改良するのかと思っていたら、俺の前に材料と工具を持って来た。どうやら俺が改良することになるみたいだ。どうして。
だが、みんなの期待するような視線に負けてしまった。そんな目で見られたら、「あとはよろしく」とは言い出せなくなってしまった。
元の湯沸かし器の形状を維持しつつ、少し縦長のスリムな形状にした。素材は鉄。銅の方が熱伝導が高くてすぐにお湯を沸かせることができるけど、ちょっと値段が高くなるからね。
コンセプトは庶民の家でも使える便利な魔道具。これを機に、庶民にも魔道具を普及させるのだ。魔道具が身近なものになれば、購買意欲も高まるはず。
サクッと作り、完成した。その名もそのまま、湯沸かし器。沸騰すると自動で止まるぞ。
「できた」
「すごすぎる」
「あっという間すぎる」
「さすがはユリウス様……次元が違う」
う、元ネタを知っているだけに、簡単に作り上げてしまった。もっと手を抜いて、「あとはキミたちが使いやすいように改良してくれ」と丸投げするんだった。だが、今さら気がついてももう遅い。
「ユリウス様、さっそく試しに使ってみましょう!」
「う、うん、そうだね」
夜空の一番星のように目を輝かせた職人たちがどこからともなく水を持って来た。湯沸かし器に水を入れ、スイッチを押す。すぐにお湯が沸き始めた。さすがは加熱の魔法陣。お湯が沸くのが早い。
あっという間に沸騰し、そしてスイッチがカチンと切れた。それと同時にメロディーがピンピロリン、ピンピロリン、ピンピロリンと鳴る。チャイムの魔道具で使った音が鳴る機能の応用である。
「スイッチが切れた……」
「音が鳴った……」
「分かりやすい!」
職人たちが一斉に騒ぎ出した。そしてなぜか、俺をたたえる声がたくさん聞こえる。
だがちょっと待って欲しい。この魔道具を最初に考案したのは職人たちである。俺はそれにちょっとだけ手を加えただけだ。それなのに俺の手柄にするのはおかしいと思う。
おかしいよね? と思ってネロを見たが、ネロも他の職人たちと同じような目で俺を見ていた。すなわち、”さすがはユリウス様”という目である。どうしてこうなった……。
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