第456話 機械

 アレックスお兄様たちとお茶を飲んでいる間にライオネルは訓練場へ戻って行った。手にはもちろん完全回復薬を持っている。これからみんなに話すんだろうな。そのときにはきっと、だれにも完全回復薬のことを話さないように言ってくれるはずだ。信じてるよ、ライオネル。


「そう言えば、王都でハイネ商会が作ったガラスペンが売られていたのですよ。たくさんの人がガラス越しに見てましたよ」

「そうなのかい? 確かに、できが良かったガラスペンを何本か王都へ送ったんだよね。今は他の商会で売ってもらっているけど、そのうち王都に支社を作りたいと思っているよ」

「あら、良い考えだと思いますわ。王都に店を構えるのは夢ですものね」


 ダニエラお義姉様もニッコリだ。王都に店を構えるのが夢、と言っているが、おそらくその話はダニエラお義姉様がこれまで読んだ小説に出て来た話なのだろう。そうでなければ、ずっと王都に住んでいたダニエラお義姉様がそんな夢を描くはずがない。


「そうだね、ハイネ商会もようやく軌道に乗ってきたし、来年くらいには出店を考えてみても良いかもね」


 アレックスお兄様も笑顔で応える。大丈夫かな。製造ラインの拡張が必要になると思うんだけど。それとも、職人たちの腕が良くなって、短時間で大量生産できるようになっているのかな?


 もしそうでなければ、何か対策が必要な気がする。機械化、自動化して産業革命でも起こすか? いや、それはまずいだろう。


「明日、ハイネ商会に行こうと思います。職人たちの様子が気になりますからね」

「そうして欲しい。きっとみんな喜ぶよ。ユリウスに負けないようにと頑張っていたからね」


 うーん、比較対象が俺なのはどうなのか。それって、まだ俺を越える人材が生まれていないということだよね? そろそろ俺も落ち着いて物作りをしたいのだけど。


 その後もアレックスお兄様とダニエラお義姉様からハイネ商会の話を聞いた。どうやらロザリアだけでなく、エドワード君も製作を手伝ってくれているらしい。もちろん賃金は出ているようである。


 サロンを退出して次は工作室へと向かった。ここではロザリアとエドワード君が新型のお星様の魔道具を作っているはずである。設計図を渡しておいたからね。ミラはここにいるのかな?


「キュー!」


 工作室の扉を開けるとミラが飛びついて来た。もしかして退屈してた? そんなミラをなでなでしながら進むと、設計図とにらめっこしている二人がいた。こちらに気がつかないほど、集中しているようである。


「二人とも、どんな感じ?」

「あ、お兄様! どうやったらこのような考えが浮かぶのですか?」

「はい?」


 ロザリアに詰め寄られた。そんなに難しいことはないと思う。歯車を使って回るようにしただけなのだから。そうか、これまで歯車で回ったりする機械的な構造をした物は作ってこなかったな。


 ランプの魔道具のように魔法陣自体が光ったり、水の出る魔法陣で水を出したりするのが一般的だったのだ。それを動力源として動く仕組みのものは、もしかしてあまり開発されてない?


「ユリウス様、この歯車で回転する仕組み、画期的ですよ!」

「あ、いや、ミュラン侯爵領の領都にあった時計台の仕組みを参考にしただけですよ」


 ウソである。言い訳は今考えた。確かに時計台の中に大きな歯車がいくつも使われていたはずである。懐中時計は存在しているし、この中身にも歯車が使われているはずだ。たぶん。

 まさか、使われてない? 時計の魔法陣とかじゃないよね? ちょっと怖くなってきたぞ。


 それに散水器には勝手に回る仕組みを……あれは水が出る勢いで回転させているんだった! もしかしてまずい発明だった? でも、ミュラン侯爵家にプレゼントしちゃったしなー。あそこに魔道具に興味を持った人物がいなくて良かった。


「この部品が難しいですわ。このでこぼこした部分の数は同じにしないといけないのでしょう?」

「そうだよ。貸してごらん」


 ロザリアから木材を受け取り、『クラフト』スキルと道具を使って歯車を作る。それをいくつか使って、実際に動く仕組みを再現した。これなら分かりやすいだろう。

 あれ?


「す、すごい。次元が違う」

「お兄様……」

「ユリウス様……」

「キュ!」


 うーん、俺の癒やしミラ。ミラだけが喜んでくれている。おー、よしよし。だが、リーリエを含めた四人は大変驚いているようである。そんなに珍しいか。


「こんなに複雑なものをあっという間に作るだなんて。私なんてまだまだですね」

「速すぎてまねできそうにないですわ。これがこうやって動くのですね。すごい!」

「キュ!」


 ロザリアが簡易的に組み立ててその動きを確認している。それを見たミラが面白がってバシバシたたいている。ネコかな? どちらかと言うと犬っぽいと思っていたのだけど。聖竜って不思議な生き物だ。


「この仕組みが組み合わさって動くようになっているんだよ。だから、この歯車の歯の数は設計図と同じにしなければならないよ」

「すごい仕組みですね。この仕組みは何という名前なのですか?」

「機械……かな?」

「機械」


 ミラをのぞく全員がそうつぶやいた。もしかしてこの単語を出すのはまずかったかも知れない。こんなことなら、時計台に行ったときにこの仕組みは何というのか聞いておけば良かった。まさかこんなことになるだなんて。


 その後はロザリアとエドワード君に教えながら”新型のお星様の魔道具”を完成させた。どうやらエドワード君にも『クラフト』スキルが無事に生えているようである。まだ練度が低いみたいだけどね。


 でも繰り返し使っていくうちに、精練されていくことだろう。魔道具作りをやめなければの話だけど。この分だと、ロザリアと一緒に魔道具店でも開くんじゃないかな? それはそれでハイネ商会からの仕事を任せられるのでありだな。

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