第455話 さわやかな森の味

 完全回復薬は無事に完成した。あとはこれをどうするかだな。騎士団のところに置いておくのが一番なのだとは思うが、何かあったときのために手元へ置いておきたいという思いもある。


 そんなことを思いつつ、追加の完全回復薬を作成し、合計で三本の完全回復薬が完成した。大変貴重な魔法薬である。


「よし、決めたぞ。一本はアレックスお兄様、一本は騎士団、最後の一本は俺が持っておこう」

「良い考えだと思います。それなら何が起こっても対応ができそうですね」


 完全回復薬をアレックスお兄様に渡すと驚くかも知れないが、ハイネ辺境伯家で今一番影響力を持っているのはお兄様だ。お兄様に渡しておけば、ダニエラお義姉様もカバーできる。これは絶対に外せない。もっと数を作れれば良かったのだが、仕方ないね。


 ネロを連れてサロンへ向かう。アレックスお兄様に今の話をしたあとで、騎士団に持って行こう。サロンにはちょうど良くライオネルの姿もあった。お兄様の隣にはダニエラお義姉様の姿もある。どうやらこれまでの出来事を詳しく話していたようである。ライオネル目線で。


「ユリウス、ライオネルからも話を聞いたよ。大活躍だったみたいだね」


 社交界用の笑顔で笑うアレックスお兄様。ライオネルは一体どんな報告をしたんだ。まあ、それは追求しないでおこう。今さら何を言っても後の祭りだろう。苦笑いで返すしかなかった。


「アレックスお兄様、世界樹の素材を使って完全回復薬を作りました。一つ、お渡しておきます。それと、ライオネルにも一つ。あと一つあるのですが、それは私が持っておきます」

「なんだって? 確か、作れなかったはずじゃ……」


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様が目を大きくしてこちらを見ている。それはライオネルも同じだ。ここでアレックスお兄様にウソをついて変な詮索をされると困る。正直に話しておこう。


「なるほど。確かにユリウスの言う通りだね。賢明な判断だと思う。ミュラン侯爵家で完全回復薬を作れることが分かっていたら、冬の間ずっと作らされていたかも知れないからね」

「そ、そんな……アハハ」


 思わず乾いた笑いが出た。確かにあり得るかも知れない。いくら魔法薬を作るのが好きでも、同じものをずっと作るのは思うところがある。それにファビエンヌもミラもハイネ辺境伯家の騎士たちも巻き込むことになるのだ。


「これが完全回復薬なのね。どんな味なのかしら?」

「えっと、さわやかな森の味がするみたいです」

「それってどんな味?」

「さぁ……?」


 みんなで首をひねるしかなかった。まあ、飲んでみれば分かるさ。死ぬようなことはないだろう。ライオネルはジッと完全回復薬を見ている。使い所を考えているのかも知れないな。騎士団長も大変だ。


「ユリウス、そのうちドラケン辺境伯家から追加の世界樹の素材が届くんだよね?」

「その予定になっています。でも収穫できるのは秋頃になると思います」

「なるほど。貴重な魔法薬だね。……これ、王家に渡さなくても大丈夫かな?」


 これだけ貴重な魔法薬なら王家にも渡しておくべきだろう。だがそれを言うなら、ここにもダニエラお義姉様という王族がいるのだ。必要性は同じだと思う。


「王城にも世界樹の素材を贈ると言っていました。それにレオン君も持ち込んでいるみたいですし、王都でも完全回復薬が作られるのではないでしょうか?」

「そうか。それなら大丈夫かも知れないね。作り方は知っているんだよね?」

「たぶん」

「たぶん……」


 サロンに沈黙が落ちた。やっぱり確認しておくべきだった? でもなぁ、王城に行って作り方を確認していたら、絶対に作らされていたと思うんだよね。そしたらさらに俺の神格化が加速したと思う。

 腐っても国内で最高の魔法薬を作る機関なのだ。彼らの力を信じよう。


「ダニエラお義姉様はこれからずっとハイネ辺境伯家にいてくれるのですよね?」

「ええ、そのつもりよ。王族としての仕事は片づけて来たわ。それでも、どうしても外せない仕事が舞い込んでくる可能性はあるけどね」


 ほほ笑みながら眉を下げるダニエラお義姉様。王族は大変だな。王家から離れてもまだ仕事が追いかけてくるのだから。


 ダニエラお義姉様がハイネ辺境伯家に住むことになれば、アレックスお兄様もずいぶんと仕事が楽になることだろう。こうしてサロンにいるのがその証拠だ。以前なら、この時間帯はハイネ商会の事務所にいたはずだからね。


「これでアレックスお兄様の肩の荷が半分おりましたね」

「そうだね。ダニエラが戻って来てくれて、本当に良かった」

「まあ、アレクったら」


 アレックスお兄様の肩を押すダニエラお義姉様。くっ、話を振ったのは俺だが、なんだか見せつけられてちょっぴりうらやましい。

 ダニエラお義姉様もうれしそうなんだよね。自分の力がだれかの役に立っているのがハッキリと分かるからね。俺が物作りをする理由と同じだ。


「そうだ、カインお兄様とミーカお義姉様とはあまり話ができなかったのですよ。夏の間はここへ戻って来たのですよね?」

「ああ、そうだよ。でも、二人にとってはあまり面白くなかったかも知れないね。ユリウスの代わりに競馬運営に駆り出されていたからね。毎日」

「毎日……」


 たぶん警備ではなく、運営を手伝っていたのだろうな。脳筋傾向のある二人だが、立派なハイネ辺境伯家の一員だからね。貴族のあいさつや、開会式のあいさつ、閉会式のあいさつなど、色々とやらされたのだろうな。タウンハウスで何も言わなかったのもうなずける。


「悪いことしちゃいましたかね?」

「そうね、ミーカちゃんには謝っておいた方が良いかも知れないわ。ユリウスちゃんがいないと知って、ものすごく落ち込んでいたもの」

「あとで手紙を送っておきます」


 あの熱烈な歓迎っぷりはそういうことだったのか。一度くらい手合わせしてあげた方が良かったかな。

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