第454話 完全回復薬

 手に入れた世界樹の素材は、葉っぱ、根っこ、ツル、樹液、そして樹皮である。どれも貴重な素材で、その中の一つでもあれば、庶民が一ヶ月を楽に過ごせるほどの金額になるはずだ。

 どれも少量なので大事に使わなければならないな。


「まずは完全回復薬からだな」

「どのような効果があるのですか?」

「名前の通り、死んでさえいなければどんな傷でも治すことができるよ」

「どんな傷でも! そのような魔法薬を作れるとなると、また目立ちそうですね」


 ネロの言う通りだと思う。だからこそ、ミュラン侯爵家では作りたいのを我慢していたのだ。だがそれも、ハイネ辺境伯家でならそれほど問題にはならないだろう。おばあ様が秘蔵していたものだと言えば良いのだ。ヒッヒッヒ。


「大丈夫。俺に良い考えがある」

「……悪いお顔をしてますよ。ファビエンヌ様の前ではそのような顔をしませんように」

「……善処する」


 そんなに悪い顔をしてるかなー? ネロがそこまで言うのなら気をつけないといけないな。ファビエンヌに嫌われたくない。


 まずは世界樹の葉を乾燥させよう。完全回復薬の作り方は各種回復薬を作るのに似ている部分もあるが、違うところも多い。薬草の代わりに世界樹の葉を使うだけでは完成しないのだ。まるで料理の味付けを決めるかのように、他の世界樹の素材を混ぜる必要がある。


 そしてこの”味付け”が一番重要な工程だったりするのだ。このときの分量が少し違うだけで、品質が大きく変わってしまう。当然のことながら、味も変わる。

 おばあ様からもらった魔法薬の本にも完全回復薬の記述はあるのかな? パラパラと本をめくる。


 お、あったあった。さすがは当時最高峰の魔法薬師の弟子だっただけはあるな。ふむふむ、なるほど、なるほど。

 作り方が間違ってるー! もしかしてこの方法でも作れるのか? マジで?


「ユリウス様、どうかしたのですか?」

「あ、いやなんでもないよ。ちょっと頭が痛くなっただけだよ。ネロは完全回復薬が存在していることは知っているんだよね?」

「はい。名前だけは聞いたことがありますね。実物は見たことがないですけど」


 良かった。どうやらこの手法で作られた魔法薬は出回っていないみたいだ。ジョバンニ様は大丈夫かな? レオン君が世界樹の素材を持って行くと思うけど、ちゃんとした作り方、知ってるよね? 確認してから帰るべきだったか。


「ユリウス様、本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ、問題ない。今さら俺が考えても仕方がないことだからね。被害が出ないことを祈ろう」

「は、はぁ……」


 ネロが首をかしげている。だがここで真実を言うわけにはいかないし、言ったところでどうしようもない。俺はただ、俺の知っている完全回復薬を作るだけである。

 気を取り直して魔法薬を作ろう。


 いつものように鍋に蒸留水を入れて火にかける。そこに刻んだ世界樹の根と樹皮を入れて、グツグツとエキスを取り出す。色が茶色になってきた。これだけでもお茶として飲めば病気を防ぐことができるという優れものだ。おいしくないけど。ゴボウ茶みたいなもんだな。


 十分に煮出したところで根と樹皮を取り出し、そのまま濃い茶色になるまで煮詰めていく。スモークのような独特な匂いが調合室に充満する。窓を開けよう。


「燻製でも作れそうな香りですね」

「作ろうと思えば作れるよ。世界樹の燻製品。値段がすごいことになりそうだけどね」

「確かに贅沢ですね」


 贅沢って言うレベルじゃないと思う。もったいない! というレベルだな。言った本人も冷や汗をかいている。まあ、そうなるよね。目の前でやられたら、俺も叫び声をあげて止めていると思う。やめて!


 次は乾燥させた世界樹の葉を蒸留水に入れて、水から温めていく。沸騰させたらアウトである。慎重に圧力をかけながら加熱していく。『ラボラトリー』スキルを使えばあっという間に作れるのに。もどかしい。


「そろそろ良いかな?」

「鮮やかな緑色ですね。いや、青色ですか?」

「角度によってどっちにも見えるね。このままでも回復薬としての効果はあるけど、弱いんだよ」

「なるほど」


 次はこの中に先ほど煮詰めた溶液を少しずつ、慎重に加えていく。色が完全に緑色になったところでピタリと加えるのをやめなければならない。頭を動かし、色に見え具合を確認する。よし、完全な緑色になったぞ。


「なんだか緑色が濃くなりましたね」

「うまくいったってことだよ。あとは樹液を所定の量、加えて、と」


 世界樹の樹液を加える量は、今作った緑色をした溶液の量で決まる。慎重に液量を計り、樹液の量を計算する。測定機器を作っておいて良かった。ここで天秤と分銅が役に立つ。

 入れる量が決まったところで、ガラス棒でかき混ぜながら、慎重に加えていく。


「何かキラキラしたものが現れましたよ」

「うん。あれは不純物だね。あとで世界樹のツルを使って取り除くんだよ」

「ユリウス様は良くご存じですね」

「ま、まあね。おばあ様からもらった魔法薬の本を熟知しているからね」


 ゲーム内で何度も作ったからねと言えないのがじれったい。でも言えない。複雑な気持ちになりながらも作業に集中する。全ての不純物が出たところで、ツルを入れ、そのままグルグルとかき混ぜる。


 だんだんとキラキラしたものがなくなって来た。不純物がツルに取り込まれたのだ。なぜそうなるのかの原理は不明である。


「よし、これで完成だな。あとは飲みやすいように隠し味を加えて完成だ」

「このままだと味が良くないのですか?」

「この状態だと、えぐみと森と土の味がすることになるね」

「……」


 さてどうするか。バジルやミントを加えることでなんとかごまかすことができないかな? 試行錯誤しながら完全回復薬を完成させる。


 完全回復薬:高品質。どんな傷も瞬時に治す。さわやかな森の味。


 どんな味だよ、とツッコミを入れたくなったが、まあ良いだろう。最初の頃よりかはずっとマシなはずである。やはり現地で作らなかったからなのか、最高品質にはならなかった。何か壁があるような気がする。俺もまだ成長できるということにしておこう。

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