第448話 あなたの後ろに

 慎重に騎士たちが広場の中心部へと向かって行く。どうやらあの一団の中に『魔力感知』スキルを持っている人がいるようだ。

 周囲を『探索』スキルでサーチしてみたが、魔物の反応どころか生き物の反応すらなかった。ちょっと怖いな。来てはならない場所に来てしまったようなような気がする。


 この辺りに素材となる植物が生い茂っているのは、魔力のよどみがあるからだけではなく、薬草を食べる生き物や昆虫が寄りつかないからなのかも知れない。

 どうやら問題がないことを確認することができたようだ。騎士の一人がこちらへやって来て、安全が確保されたことを伝えた。


「我々も魔力のよどみの中心部へ行くとしよう。問題はないようだが、それでも気を抜かないようにな」

「はい」


 俺たちは少し小さめの返事をしてから、ドラケン辺境伯とミュラン侯爵の後ろをついて行った。ほどなくしてよどみの中央に到着する。なんか、足下からぞわぞわとした感じがするな。寒気とは違う。なんかお化けでもいるような感じだ。


「なんか気味が悪いね」

「そうだな。あ、イジドルの後ろに!」

「ヒッ!」


 イジドルが後ろを振り返った。しかし何もいなかった。


「……ユリウス」

「冗談だよ、冗談」

「ユリウス、さすがに冗談を言って良い場所と悪い場所があると思う」

「ごめんなさい」


 チベットスナギツネみたいな目でイジドルがこちらを見てきた。どうやらかなりお怒りのようである。ちょっと空気を和ませようとしただけなのに。

 俺が冗談を言っている間にもドラケン辺境伯たちは世界樹の種を植える準備をしているようだった。


「師匠、育ちますかね?」

「どうなんだろう? 世界樹がどんな植物なのか詳しくは知らないんだよね。貴重な素材が採れることは知っているけど、実際に見たことないし」

「確かにユリウスの言うとおりだな。おとぎ話では良く出て来るけど、実際にどんな姿をしているのやら。見たことある人はいるのか?」


 アクセルの腕を組んで首をひねっている。どうやら無知なのは俺だけじゃないようだ。俺たちが見つめる中で古い木箱の中から種が取り出された。種の大きさは子供の拳くらいのサイズだった。


 この隙をのがさず『鑑定』スキルを使う。結果はまぎれもなく世界樹の種だった。当時のドラケン辺境伯は一体どうやってこれを手に入れたのか。ものすごく気になってきた。もしかして、本物の世界樹を見たことがあるのかな?


 世界樹の種が騎士たちの手によって植えられていく。土をかぶせたところで作業が終了した。あとは水をかけて、植物栄養剤を使うだけである。

 今さらながらではあるが、そんなもの使っても大丈夫なのかな? もうどうすることもできないけどさ。


「ドラケン辺境伯様、世界樹の種を植え終わりました!」

「うむ。それでは水をタップリとかけてくれ」


 ドラケン辺境伯の指示により、魔導師が魔法で生み出した水をかける。これで準備は整った。ドラケン辺境伯とミュラン侯爵の視線が俺の方を向いた。


「それではユリウス殿、例の植物栄養剤を使ってもらおう」

「分かりました。万が一の可能性があります。できれば少し離れていただきたいのですが……」


 真顔になったドラケン辺境伯とミュラン侯爵がうなずいてから離れた。どんな風に思われたかな? やっぱり「マジか」みたいな感じなのかな。レオン君たちも「そんなに?」みたいな顔で離れている。でもあり得ない話じゃないんだよなー。


「ユリウス様、お気をつけ下さい」

「大丈夫だよ、ライオネル。すぐに逃げる準備はできてるよ」


 植物栄養剤のフタを開け、ついさっき世界樹の種を植えたところに中の液体をまいた。そしてすぐに逃げた。

 おや、反応がない? と思った次の瞬間、ぴょこりとツヤツヤの双葉が生えた。


「おお! 見たまえ、芽が出た……ぞおおおお!」


 ドラケン辺境伯の言葉が途中から叫び声に変わった。

 その気持ち、分かるよ。話している途中でズモモモモ、と勢いよく木が伸び出したのだから。その木はどんどん伸びていき、それに同調するかのように幹も太くなる。やっちゃったぜ。薄めておくべきだった。


「……離れておいて良かったね」

「そうだね、イジドル」

「さすがは師匠、世界樹を育てることができる魔法薬を作り出すことができるだなんて!」

「また伝説を作っちゃったなー」

「アクセル君?」

「ユリウス様……」


 ネロが頭を抱えている。もしかしてどんな風に報告すれば良いのか困っているのかな? もうこうなったらありのままに話すしかないと思うよ。

 見上げるほど高くなった世界樹を見上げていると、なんだか周囲が騒がしくなった。


「ゆ、ユリウス様、あれを!」

「どうしたんだ、ライオネル?」


 血相を変えたライオネルが示した方向を見ると、そこには二足歩行する、筋肉ムキムキのマッチョなカメが堂々とした態度でこちらへと向かって来ていた。その顔には緑色の仮面をつけている。色的に森の精霊かなー?


「何あれ……」

「へ、変態……ムグ」

「ちょっとイジドルは静かにしておこうか」


 失礼なことを言いそうになったイジドルの口を塞ぐ。ここで「変態だー!」なんて叫んだら、精霊に失礼だ。いくら見た目が変態でもさすがに精霊を怒らせるわけにはいかな。

 うろたえたのは子供たちだけではなかったようである。大人たちもだ。


「ユリウス殿、お知り合いかな?」


 こわばった顔をしたドラケン辺境伯が聞いてきた。口角はあがっているが、なんだかその表情を維持するのがつらそうである。


「ああ、えっと、たぶんですが、精霊様だと思います」

「精霊様? まさか……」

「どうして精霊様だと?」


 ミュラン侯爵が困惑した表情をしている。それもそうか。あれが精霊様だと言われても、はいそうですかとはいかないだろう。

 ドラケン辺境伯とミュラン侯爵の前に精霊様が現れてしまったからにはしょうがない。俺と精霊様の関係を話した方が良いだろう。


「仮面の色は違いますが、他の精霊様に会ったことがありますので……」

「なんと」

「まさか」

「その際に加護もいただいています。三つ」

「三つ!」


 ドラケン辺境伯とミュラン侯爵の目が飛び出そうになっている。やっぱり言うのはまずかったかなー? でもこの感じだと、どのみち言うことになりそうなんだよね。

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