第447話 薬草の楽園

 晩ご飯は豪勢な焼き肉だった。それもそうか。高位貴族が二人もるからね。干し肉をかじりますと言うわけにはいかないか。レオン君は喜んで食べているが、これが普通の野営食だと思わないと良いなぁ。


「さすがに良い肉を使っているな」


 料理を食べながらアクセルが顔をほころばせている。他のみんなもうなずいていた。確かに高級な肉だな。噛めば噛むほど味が出る、野性味あふれた味である。野営で食べる料理じゃないな。


「往復で三日の距離だからね。そのくらいなら食料の鮮度を保証できる。だからこんな良い肉を食べられるんだよ」

「それもそうか。もっと長かったら保存食になるんだろうな」

「保存食っておいしくないの?」


 興味を持ったのか、レオン君が聞いてきた。さすがにこの遠征中は食べられないかも知れないが、屋敷に戻ってから試しに食べてみるのもいいだろう。実際の旅がどんなものなのか、少しは体験できるはずだ。


「堅くて塩辛いですよ。噛めば噛むほど味は出ますけどね」

「うーん、あんまりおいしそうではなさそうだね」

「食べ物があるだけありがたいことなのですよ」


 旅とはそういうものであるとレオン君に理解してもらえたかな? 心構えさえできていれば、旅はそれほど困難なものにはならないからね。なんの覚悟もなく旅に出ると、簡単に心が折れると思うけど。


 夜の見張り役として、当然、俺たちの出番はなかった。子供たちはそろってテントで眠ることになる。アクセルは夜の見張りをやってみたかったのか、ちょっと不服そうだった。そんなアクセルをなだめながら眠りについた。


 翌朝、朝食が終わるとすぐに出発した。予定では魔力のよどみまでを往復することになっている。もちろん何かあればその場で野営できるようになっていた。だが、できればここへ戻って来たいようである。魔力のよどみ付近は危険かも知れないからね。


 岩場が見えてきた。近くで見ると、思っていた以上に大きかった。当然のことながら道はない。通れそうな場所を騎士が探して、その後ろをついて行くだけである。

 少し登ったところで早くもレオン君が息切れし始めた。


「これ、いつまで続くの?」

「まだまだ先は長いですよ。それに帰りもありますからね」

「なんでそんなに元気なの……」


 弱々しいレオン君に思わず苦笑いになる。少しは体力がついたと思っていたのだが、どうやら見込みが甘かったようだ。ここはアレの出番だな。リュックの中からレオン君専用の初級体力回復薬を取り出した。


「そんなレオン様のためにとっておきの魔法薬を作っておきましたよ」

「これ……初級体力回復薬だよね。でもなんか色が濃くない?」

「さすがはレオン様、気がつきましたか。効果を高めるために濃くしてあるのですよ」


 俺から受け取った初級体力回復薬を見つめるレオン君。なんだなんだとアクセルたちもやって来た。こちらはだれも息切れはしていないようである。さすが毎日、鍛錬を続けているだけはあるな。


「それって初級体力回復薬だよな? なるほど、確かに疲れたときに飲むのが一番だ。でも……さすがにまだ早くないか?」

「アクセルの言う通りなんだけど、倒れてからじゃ遅い気がするんだよね。この距離なら戻った方が早いからね」


 後ろを見る。遠くに野営していた場所が見えていた。間違いなく少数の騎士を連れて戻ることになるだろうな。そうなると当然、こちらの護衛の人数が減る。この先、何が起こるか分からないし、兵力の分散は避けたいところだ。


「そうかも知れないな」

「飲みます。無理してついて行くって言ったんだ。みんなに迷惑をかけるわけにはいかないからね」

「ちょっとからいですから、そのおつもりで」


 神妙な顔をしたレオン君がうなずいた。まさかそんな味がついているとは思わなかったのだろう。改良版と同じく、甘い飲み物だと思っていたんだろうな。ちょっとためらったが、グイと飲んだ。その様子をみんなが見つめる。


「からい! それでも昔の魔法薬よりはずっと飲みやすいけどね……ん? フオオ! みなぎってきたー!」


 レオン君のテンションがあがった。一歩後ずさる俺たち。やはり初級体力回復薬の原液をそのまま飲ませるのはまずかったか。

 元気を取り戻したレオン君はそのまま生き生きとした足取りで前へと進んで行った。そして前方にいたミュラン侯爵とドラケン辺境伯に混じって、何やら楽しそうに話していた。


「……ユリウス、もしボクがダメになりそうになったら、あの魔法薬を分けて欲しい」

「それは別に構わないけど……」


 どうやら次はイジドルがああなりそうだな。でもその前に、改良版を試した方が良いかも知れない。

 そんなちょっとした騒動がありながらも、目的地へ到着した。

 岩場を越えると、そこは再び森になっており、その森から少し入った場所に目的地があった。


「ここが魔力のよどみがある場所か。草しか生えてないな」


 アクセルが言うように、そこはすねくらいの高さの草が生い茂る場所だった。なぜかそこだけポッカリと木が生えていなかった。何か魔力のよどみと関係があるのかな?


「確かに草しか生えてないけど、これ全部、魔法薬の素材になる植物だよ」

「師匠の言う通りですよ。ここは薬草の楽園ですよ!」


 興奮したレオン君が叫んだ。まあ確かに、めったに見られる光景ではないね。『魔力感知』スキルを使うと、確かに魔力のよどみがある。広場の中心部へ行くほど濃くなっているようだ。なぜそうなっているのかの原因は不明だ。地脈とかが関係しているのかな?


 騎士たちが周囲を確認したり、俺たちが来る前からこの場を監視していた騎士たちと、意見を交換したりしている。俺の出番はまだみたいだな。

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