第446話 森と岩山
今回の目的は、森で見つかった”魔力のよどみ”の中心に世界樹の種を植えることである。やることはとても簡単だ。だが、そこまで行くのは容易ではないようだ。
「当然のことながら道はない。途中から歩いて向かうことになるが、大丈夫か?」
「それは覚悟の上だと思いますよ。道のりは険しいのですか?」
「岩山を登る箇所がある。遠回りしても良いが、それだとかなり時間がかかることになる」
どうやらドラケン辺境伯は目的地までまっすぐ進むつもりのようだ。予定通りに進めば、二日で目的地にたどり着くらしい。そうなると、少なくとも二泊は野営することになる。大丈夫かな? ちょっと心配になってきたぞ。
「外で寝泊まりすることになるけど、レオン様は大丈夫ですか?」
「た、たぶん大丈夫」
自信はなさそうだが、魔法薬に関連することなので頑張ってくれるだろう。アクセルとイジドルは野営の経験があるのかな? 余裕のある表情をしている。
「ふむ、信用しているが、念のため様子を見ることにする。初日の移動で問題がありそうな者がいたら、その場で帰ってもらう。いいかな?」
「もちろんですよ。多大なる配慮に感謝します」
そう言って頭を下げると、みんなもそれに倣った。満足そうにうなずいているドラケン辺境伯。ひとまずは俺たちのことを認めてくれたようである。
世界樹の種を植える場面に責任者がいないのはまずい、などと言って、ドラケン辺境伯とミュラン侯爵も一緒に行くことになっている。ヒルダ嬢は留守番だ。そのことには特に不満はなさそうだ。
「ユリウス、レオンを頼むわね」
「任せて下さい。レオン様のために、とっておきの魔法薬がありますから」
「あの初級体力回復薬という名前の魔法薬のことかしら? そんなに効くなら、私も一度飲んでみたかったわ」
残念そうな顔をするヒルダ嬢。でも大丈夫。これからはレオン君が作ってくれることになっているので、そのうち飲む機会もあるはずだ。
細かい打ち合わせは大人たちがしてくれるようである。その間、子供たちはヒルダ嬢に連れられて屋敷の中を見て回った。
翌日、準備を整えた俺たちはドラケン辺境伯家の騎士団を引き連れて森の中へと入って行った。途中までは馬が使える。だが山道になってからは徒歩である。荷物は騎士たちが持ってくれるので俺たちの持つ荷物はほとんどない。非常用の食べ物くらいである。
「ここからは歩きだな」
「うわぁ……」
早くもレオン君の心が折れそうである。そんな心構えで大丈夫か? こりゃ、途中で離脱するかも知れないな。
山道はどんどん険しくなっていった。魔物の気配がないのがとてもありがたい。
前方に大きな岩場が見えて来たところで野営をすることになった。どうやら明日はあの岩場を越えて行くことになるようだ。レオン君が引きつった顔になったのを俺は見逃さなかった。
「レオン様、無理そうなら引き返しても良いんですよ? ドラケン辺境伯様もそれを見越してこの場所で野営をすることにしたはずですからね」
「結構、きつそうだよね?」
「まあ、そうですね。足腰をかなり使うことになると思います」
どうしようか迷っている様子である。もしかすると、あの岩場を往復するかも知れないと言うと、レオン君の顔が青くなった。だが、ギブアップとは言わなかった。なかなか根性があるな。無駄になるかと思ったけど、作っておいた魔法薬が役に立ちそうだ。
テントを張り、かまどを作り、手際よく準備を進める騎士たち。俺も手伝おうかと思ったが、その必要はないと断られた。それならお言葉に甘えて、夕食ができるまでのんびりさせてもらおう。
「レオン様、足が痛かったら初級回復薬を飲むと良いですよ」
「ちょっともったいないけど、そうしようかな?」
レオン君が初級回復薬を飲む。贅沢な使い方だが、作ったのはレオン君だし別に良いよね? そうこうしているうちにアクセルとイジドルもやって来た。どうやらレオン君を心配しているようだ。
「レオン様、無理していませんか?」
「大丈夫。今、初級回復薬を飲んだばかりだからさ。こんなことになるなら、学園の野外授業を受けておくべきだったよ」
「そんな授業があるのですね」
「うん。選択制だけど……」
なるほど、全員強制ではないのか。それもそうか。強制参加にしてご令嬢に何かあれば大変だ。そうでなくても、貴族の割合が多い学園である。行った先であれこれと文句を言う生徒も多いだろう。
それが選択制であるならば、あとで文句は言えなくなるからね。
「魔法薬の素材を求めて遠出する可能性もありますからね。旅には慣れておいた方が良いかも知れませんよ」
「ううう、師匠がそう言うのなら、後期授業にある野外授業を選択しておこうかな?」
俺たちはそろってうなずいた。レオン君に足りないのは、間違いなく男としてのたくましさである。それを身につければ、もっと自信を持った人物になれるはずだ。今はどこか弱々しいところがあるんだよね。そのことにはアクセルとイジドルも気がついているようである。
「ユリウス様ー! 食事の準備ができましたよ」
「分かったよ、ジャイル。すぐにそっちへ行く。ほら、みんなも行こう」
良い匂いがしてきた。これが野営の楽しみだったりする。プロの料理人が作る料理ももちろん良いが、外で荒々しく作った料理もまた、違った良さがある。レオン君にもそれを分かってもらいたいものだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。