第445話 ドラケン辺境伯家へ

 魔力のよどみが見つかった場所はドラケン辺境伯領内にあるそうだ。そのため、まずはドラケン辺境伯家へ向かうことになっている。

 そこで一度態勢を整えた後に、改めて魔力のよどみがある場所へ向かうようだ。


「急な移動になってしまうが、明日にはドラケン辺境伯家へ出発する。準備をしておいてくれ」


 ミュラン侯爵が締めの言葉を言うと、その場は解散となった。

 まずは世界樹の種の生育に向けて、植物栄養剤を作ろう。万が一のことがあってはならないからね。しっかりと品質の高い魔法薬を作っておかないと。


「ユリウス様、気をつけて行って来て下さいね」

「もちろんだよ。ファビエンヌを悲しませるようなことはしない。絶対にね」


 ミュラン侯爵が発表したメンバーには女性陣は含まれていなかった。魔物に襲われた場合を想定したのだろう。提案者として俺は行くことになっている。そしてその護衛という名目で、ネロやアクセルとイジドルも向かう。もちろん、ジャイルとクリストファーも一緒だ。


「レオン様も一緒に行きたいって言い出すかも知れないな」

「そうかも知れませんわね。その、危険な場所なのですか?」

「今は安全になっているみたいだけど、魔物が生息していた場所だからね。何があるか分からない。レオン様は戦闘向きじゃなさそうなんだよね」


 ちょっと失礼だとは思うが、思わず苦笑してしまった。

 討伐が完了したばかりだし、元々あまり魔物が生息していない場所だったので、危険度は低いだろう。戦闘になることはないはず。

 そのようなことを言うと、ちょっと安心してくれたようである。ファビエンヌの眉間のしわが薄くなった。


 ファビエンヌは俺が普通じゃないことには薄々気がついているだろう。だから何が起こっても大丈夫なはずだと、心のどこかで思っていることだろう。だが他の人はそうはいかない。


 ファビエンヌと一緒に魔法薬を作っていると、レオン君がやって来た。その顔はなんだかちょっとうれしそうである。


「聞いて下さいよ、師匠! ボクも一緒に行けるようになったんですよ」

「それは良かった。良く許可が下りましたね」

「今後の魔法薬の発展に必要だって言って説得しました」

「なるほど」


 そこまで言うのなら、たとえ困難な道のりでもついてくるつもりなのだろう。その心意気やよし。それならレオン君専用に、濃いめの初級体力回復薬を作っておくことにしよう。これを飲めば、途中でへこたれることもないはずだ。ヒッヒッヒ。


 夕食の時間にミュラン侯爵から改めてドラケン辺境伯家へ向かうメンバーが発表された。ミュラン侯爵家へ残るのはファビエンヌとミラ、そしてキャロである。

 キャロも行きたいと言っていたようだが、アクセルがなんとか説得したようである。なんだか疲れたような顔をしているのできっとそう。


「一人増えてしまったな。やはり先に連絡を入れておくべきかな?」

「あらお父様、その必要はありませんわよ。ドラケン辺境伯家には部屋がたくさんありますもの。一人や二人増えたくらいで、大した問題ではありませんわ」

「そうか。ヒルダがそう言うのなら大丈夫だろう。何か小言を言われたら、レオンのせいにしておこう」

「えええ!」


 食卓に笑い声が響いた。ミュラン侯爵家はずいぶんと仲の良い家族のようである。ハイネ辺境伯家と同じだね。基本的には笑いの絶えない食事になる。

 レオン君を加えて、何を持って行くかを話し合った。初級回復薬などの魔法薬をそれぞれが持ち、万が一に備えて非常食も持って行くことにした。

 初めての野営になるのだろう。レオン君が一人そわそわしていたのが印象的だった。


 翌日、俺たちを乗せた馬車がドラケン辺境伯領へと出発した。問題なく進めば、今日中に領都へ到着するはずである。

 この辺りは豊かな森林地帯が広がっている。聞いた話によると、この辺りで伐採された木材のほとんどが王都へ送られるらしい。


「これだけ木が生い茂っていたら、薪に困ることはなさそうだね」

「この辺りは雪が降ることも少ないし、冬に使う薪の量も少ないんですよ。だから毎年、集めた薪を王都や北の領地へ出荷しています。結構、お金になるみたいですね」

「なるほど。薪を売る産業が発展しているのですね。ハイネ辺境伯領では毎年薪の確保が大変だったから、需要は高そうですね」


 薪を得るために木を植えなければならない。その生育を助けるために作った植物栄養剤が、まさか別の場所で利用されることになるとは思わなかった。思えば不思議な縁だな。

 ただただ続く森を見ながらそんなことを考えていた。


「魔物が出たりしないかな?」

「イジドルはそんなに魔物と戦いたいのか?」


 アクセルが楽しげに声を上げた。アクセルってバトルジャンキーとかじゃないよね? 魔物なんて遭遇しないのが一番だからね。そんなことになれば、ファビエンヌが心配する。


「違うよ。ほら、前に森に入ったときに襲われたじゃない? だからまた同じようなことが起こるんじゃないかなーって思ってさ」


 考えすぎだと思う。あのときはたまたま運がなかったのだろう。そうそう魔物に襲われるものではないと思う。思ったのだが、俺の魔物との遭遇率ってなにげに高くない? それとも平均的な値なのだろうか。


 俺一人のときに魔物から襲われたことはないし、他の人も同じようなものだと思いたい。俺が魔物を呼び寄せているなんて思われるのは心外である。

 アクセルとイジドルの話を聞いたレオン君がやたらと窓の外を気にしていたが、結局、魔物に遭遇することなくドラケン辺境伯家へたどり着いた。

 やはり俺がトラブルを引き寄せているわけではないな。


「みな、良く来てくれた。おお、レオンも来たのか。一向に構わんぞ。我がドラケン辺境伯家の騎士は精鋭ぞろいだからな」


 ヒルダ嬢が言っていた通り、俺たちの人数が増えていることをドラケン辺境伯は全く気にしていなかった。楽しそうに笑うと、ドラケン辺境伯夫人とヒルダ嬢の婚約者である嫡男を紹介してくれた。

 俺たちもそれぞれあいさつを交わすと、作戦会議と称してサロンへと向かった。


 辺境に構える屋敷なだけはあって、ドラケン辺境伯邸はどこか無骨な作りをしていた。なんとなくハイネ辺境伯邸に似ているような気がする。何かあったときに籠城できるような、強固な作りをしているからだろう。辺境の地に見た目だけの屋敷など必要ないのだ。

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