第444話 魔力のよどみ

 ドラケン辺境伯だけでなく、ミュラン侯爵も同じように考え込んでいる。それもそうか。今後のミュラン侯爵領にも影響を与えることだもんね。魔力のよどみがなくなれば、ミュラン侯爵領はますます安全な土地になる。


 流通の要の都市として、安全性は非常に大事だ。危険な場所にはだれも来たがらない。それに”世界樹”という観光名所ができれば、ますます人が集まってくることだろう。

 俺にも旨味はある。貴重な世界樹の素材が手に入るのだ。万能薬だけでなく、完全回復薬も作れるようになるかも知れない。


「そうだ、ユリウスが作った植物栄養剤を使ったらどうかな? あれを使えば、一気に世界樹を生長させることができるかも知れないよ」


 気づいちゃったか~。イジドルの発言に今度はイジドルへ注目が集まった。想定外だったのだろう。せわしなく目を左右にキョロキョロとさせたあとうつむいた。責任を持って説明せんかい。


「植物栄養剤といえば、師匠が薬草園で使っている魔法薬ですよね?」

「え? ああ、うん、そうだね……」

「確かにあれなら生長が遅い植物でも、短期間で大きくできるかも知れませんわね」


 ファビエンヌも乗り気のようである。なんとかして押しとどめたい。だが、みんな森から魔力のよどみがなくなることを望んでいる。

 もちろん俺もそれを望んでいる。それならやってみるしかないのか。


「そうだね。うまくいくかは分からないけど、世界樹の種を植えることになるなら試してみても良いかもね」

「それでは決まりだな。森の調査が終わったら必ず連絡を入れる。森に魔力のよどみがないことが一番良いのだが、それに備えておくことも大事だからな」


 満足そうに笑うドラケン辺境伯。ミュラン侯爵夫妻も笑っている。これでどちらに転んでも良いと思っているのだろう。俺としては魔力のよどみがないことが一番の願いなのだが、可能性は低そうなんだよね。すでに変異種が目撃されたのがその理由である。


 その後、俺たち子供勢はサロンを退出した。ただし、ヒルダ嬢はのぞく。どうやらサロンではヒルダ嬢の結婚式や、嫁ぐまでの段取りを話しているようだ。


「もうすぐお姉様がいなくなりますのね。なんだか寂しいですわ」

「そのうちキャロもいなくなるのか。そう考えると複雑な気持ちになるな」


 レオン君が眉を曲げて困り顔になっている。そういえば、レオン君はどうなるのかな? このままミュラン侯爵家の専属の魔法薬師になるとして、結婚はどうするのだろうか。家督問題にならないようにするために、平民から嫁をもらうことになるのかな?


「そういうお兄様はどうですの? 好きな人がいるという話を聞いたことがありませんわ」

「ボクの恋人は魔法薬だからね」


 フフン、と自慢げに言うレオン君。ちょっと、それなんの自慢にもならないからね? これはもしかしなくてもミュラン侯爵が頭を抱える問題だな。学園にいる間に素敵な人に出会えたら良いんだけど。相手が魔法薬師を志す人なら、なお良し。


 そう考えると、俺はずいぶんと運が良かったといえる。ファビエンヌは魔法薬師としての素質があるし、すでにたくさん協力してもらっている。それに見目も麗しい。そして胸も大きい。言うことなしだ。


「どうかなさいましたか?」


 ジッとファビエンヌを見つめていたら、こちらの視線に気がついたようである。首をちょこんとかしげながら聞いてきた。そのかわいらしさにストレートに言うことにする。


「ファビエンヌが恋人で良かったと思ってた」


 ファビエンヌの顔が真っ赤に染まる。周りのみんなが”またイチャイチャしてる”みたいな目でこちらを見ていた。これはあれだよ。レオン君に見せつけて、自分も恋人が欲しいと思わせる作戦なのだよ。


 それから数日後、ドラケン辺境伯からミュラン侯爵へ手紙が届いた。手紙には”魔力のよどみが見つかった”と書かれてあったそうである。そんなわけで、俺たちは今、全員そろってサロンに集まっている。


「すでに聞いているかも知れないが改めて手紙の内容を話そう。森の奥地で魔力のよどみが確認された。現在のところはその付近に魔物の姿はないそうだ。もちろん今も監視を継続している」

「それでは先日話した作戦を実行に移すのですね?」

「ああ、そのつもりだ」


 レオン君の質問にミュラン侯爵が力強く答えた。目元がキリリと引き締まっており、本気で行うようである。大丈夫なのかな? 今さらながら心配になってきたぞ。


「すでにドラケン辺境伯家とは話をまとめている。順調に世界樹が育った場合、ドラケン辺境伯家が責任を持って世界樹を管理する。世界樹から得られる素材は、ミュラン侯爵家とハイネ辺境伯家に優先して回すことになっている」

「え?」


 思わず声が漏れてしまった。聞いてないよ。そんなこと勝手に決めても良いのかな? 悪い話ではないので断る理由はないけど、それでも俺が決めるには荷が重すぎるのではなかろうか。


「心配はいらないぞ。すでにハイネ辺境伯家には手紙を送っている。ミュラン侯爵家とドラケン辺境伯家での連盟でな。悪い話ではないし、ハイネ辺境伯家が損害を被ることはないだろう」


 あああ。これは家に帰ったら、速攻で執務室に呼び出されるパターンだな。そしてお父様の胃を刺激することになるのだろう。帰るまでに良く効く胃薬を作っておかないといけないな。


 ファビエンヌとネロがいたわるような目でこちらを見ていた。どうしていつもこうなってしまうんだ。

 今回は俺は悪くないぞ。世界樹の種という幻のアイテムを所有していたドラケン辺境伯家が悪い。俺はそれに巻き込まれただけだ。俺は無実だ。

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