第443話 学説で見た

 ドラケン辺境伯の話を聞いているうちに気になったのだろう。ヒルダ嬢がドラケン辺境伯へ一つの質問をした。その質問は俺もしたいと思っていたので、正直に言わせてもらうと助かった。ドラケン辺境伯とはあまり縁がないので、話しかけにくかったんだよね。


「ドラケン辺境伯様、なぜ魔物が変異したのですか?」


 他のみんなも気になっていたようだ。その場が静まり返り、ドラケン辺境伯へ注目が集まった。視線を受けたドラケン辺境伯は首を左右に振った。


「そのことについては私も気になっている。現在、騎士団と冒険者を森の奥地へ派遣して調査してもらっている。だが今のところ原因は不明だ」

「それではまた同じようなことが起こる可能性もあるのですね?」

「不安にさせたくはないのだが、そうなるな」


 ドラケン辺境伯の回答にヒルダ嬢の顔色が悪くなった。ヒルダ嬢だけじゃない。キャロの顔色も悪くなっている。キャロの隣に座っているアクセルがその背中をなでている。

 ……イチャイチャしてるのは俺たちだけじゃないじゃん。


「だがそれならば、日頃から警戒を怠らなければ良いだけだ。次は油断などない。質の高い魔法薬もあることだし、それほど脅威にはならないだろう」


 みんなを安心させるかのように、ドラケン辺境伯がみんなを見ながらそう言った。

 東の地の広い範囲で被害が出たのは油断もあったようである。長い間、この地で魔物の氾濫なんて起こっていなかったみたいだからね。しょうがないと言えばしょうがないのだろう。


 それにしても、ドラケン辺境伯領には冒険者がいるんだな。もしかすると、辺境伯領にはどこでも冒険者ギルドがあるのかも知れない。ハイネ辺境伯領の冒険者ギルドとは何か違いがあるのか、ちょっと気になる。


「その通りだ。同じ過ちは繰り返さない。それにまだ調査中だ。原因が究明される可能性はある」


 ミュラン侯爵もそれに追従する。魔物の変異か。魔物は魔力のよどみから生じるという学説もあるくらいなので、森の中にそれがあるのかも知れないな。そのことはドラケン辺境伯も知っているはず。そして魔力のよどみを中心に探しているはずだ。時間がたてばそれが見つかる可能性は十分にあると思う。


 問題はそれをどうやって解消するかだよな。魔力のよどみが濃い場所を見つけても、それをなんとかできなければ本当の意味で脅威が去ったとは言えない。近くに観測所を作るか? 魔物が生息する森だし、危険がつきまとうことになるな。


「ユリウス様、どうかしましたか?」

「ああ、森で魔力のよどみが集まっている場所を見つけたとして、どうやって対策するべきか考えていたんだよ」


 それを聞いて大きく目を見開いたファビエンヌ。何その反応。そんなにまずいこと言ったかな。もしかして、今の発言、ダメだった? 恐る恐るみんなの顔色をうかがうと、今度は俺に注目が集まっていた。


「ユリウス様は魔物が変異した原因がなんなのか、気がついておりましたのね」

「いや、えっと、そういうことが書いてあった学説を見たことがあるんだよ。それで可能性としてはあるんじゃないかなーってさ」


 ウソではない。これはまぎれもない事実だ。この世界のことをもっと良く知ろうとして、魔物についてのことを調べていたときに発見したのだ。当時は”やっぱりそうなのか”みたいに、それほど気をかけていなかったのだが……どうしてこうなった。


「ユリウスの……いや、ユリウス殿の言う通りだ。我々は魔物の変異の原因がそれではないかと思って、魔力のよどみを率先して調べてもらっているところなのだよ」


 俺の呼び方が呼び捨てから”ユリウス殿”へと変わった瞬間である。もしかして、ドラケン辺境伯に認められた感じなんですかね? ネロが目を輝かせてこちらを見ているな。他にも子供勢もみんな同じような目をしている。


「そしてユリウス殿の言う通り、もしそれが見つかっても対策方法がまだ見つかっていないのだ。それで、何か良い方法は思い浮かびましたかな?」


 言葉づかいも丁寧になっている。これはあまりよろしくないぞ。かと言って、この問題を放置するわけにはいかない。放置すれば数十年後にまた同じことが起こるだろう。

 その場所に魔力が自然とたまる構造になっているのなら、たまった魔力を毎日消費すれば良いのでは?


「そうですね……魔法薬の素材となる植物を植えるのはどうでしょうか。素材になる植物の多くは周辺の魔力を吸収して成長しますからね。その場に集まってくる魔力をその場で消費すれば、魔力のよどみが解消できるかも知れません」


 静まり返るサロン。何この空気。ちょっと怖いんですけど。それにこれくらいの発想はだれでもできそうだと思うんだけど……。

 沈黙を破ったのはドラケン辺境伯だった。


「ハッハッハッハ! なるほど、それは良い。まさかユリウス殿が薬草の生長に必要な条件まで知っているとは。これは大発見だぞ。その話を聞いて、ぜひ試してみたいことがある」

「試してみたいことですか?」


 ドラケン辺境伯の目が、面白いおもちゃを見つけたような輝きを放っている。なんだかとっても悪い予感がしてきたぞ。なぜだろう?


「実は我がドラケン辺境伯家には、いつの時代に手に入れたのか分からない世界樹の種があってな。一度、植えてみたいと思っていたのだよ」


 なんでそんなものがドラケン辺境伯家にあるんだ? ここまで断言しているということは、恐らく鑑定して本物であることを確認しているのだろう。

 そんなもの植えてもいいのかな? いや、そうじゃない。それを植えて、万が一育つようなことがあれば、とんでもないことになるぞ。なんとかして押しとどめないと。


「ドラケン辺境伯様、そのような貴重な物を植えても大丈夫なのですか? それに世界樹と言えば、育つのに長い月日がかかると聞いています。芽が出るだけでも時間がかかると思いますが……」


 俺の意見を聞いて、それもそうかと考え始めたドラケン辺境伯。良いぞ、その調子で考えて、この話をなかったことにしてくれ。

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