第442話 もんもん

 夕食も終わり、お風呂も入った。今日はミュラン侯爵家を含めた全員でお風呂に入るという、とんでもないことになってしまった。

 さすがのミュラン侯爵家のお風呂でも狭く感じてしまった。だが、初めての体験だったのだろう。みんな楽しそうだった。


 ミュラン侯爵もずいぶんと気に入ったようであり、またみんなで一緒に入りたいものだと言っていた。良い思い出になることは間違いないだろう。夫人もミュラン侯爵の疲れが取れているのを察して、うれしそうな顔をしていた。

 半分くらいは初級体力回復薬のおかげだと思うので、やはり魔法薬の効果は偉大だ。


 髪を乾かしてから部屋に戻れば、あとは寝るだけである。俺たちの部屋にはキレイに整えられたベッドが二つあった。もちろん俺とファビエンヌが寝るベッドである。あ、ミラもいるか。


「ユリウス様、先ほどイジドルに何を話していたのですか?」

「え、なんの話?」

「キュ……」


 ごまかすな、みたいな目でミラににらまれた。やめるんだミラ。これ以上この話をするのは危険だ。なんとかごまかそうとミラをなで回していると、隣に座っていたファビエンヌがグッと体を近づけてきた。


「私には言えないことなのですか?」

「いや、えっと……」


 上目遣いでこちらを見上げてくるファビエンヌ。いつの間にそんなテクニックを覚えたんだ? だれだ、ピュアなファビエンヌにそんなこと教えたやつは。ヒルダ嬢か? それともキャロか?


 こうなってしまっては覚悟を決めて言うしかないな。嫌われるよりかはずっといい。それに将来的には夫婦になるのだ。いつかは知ることになる。ならばいつ教えるか? 今でしょ。


 俺はコソコソとファビエンヌに耳打ちした。

 ファビエンヌの全身がまっかに染まった。


 まだ何もしていないのになんだか罪悪感を抱いてしまう。うつむいたファビエンヌがあまり嫌そうな感じじゃないのも、それに拍車をかけている。鎮まれ、鎮まりたまえ。

 俺は高速でミラをナデナデした。そんな俺をミラが不思議そうに見ていた。


 その夜はもんもんとしてなかなか眠りにつくことができなかった。隣のベッドからは何度も大きなため息が聞こえていた。恐らくファビエンヌも寝つけなかったのだろう。


 数日後、いつものようにみんなで朝練をしていると、ドラケン辺境伯がもうすぐ到着するとの知らせがあった。

 急いで服を着替えてからサロンへ集まった。もちろんアクセルとイジドルも一緒である。


「この格好でおかしなところはないよね?」

「いつも通り、ユリウス様は凜々しいですわ」


 そう言って恥ずかしかったのか、ファビエンヌがほほを赤く染めた。言われた俺も赤くなっていると思う。その証拠にみんなの顔がちょっとあきれ気味になっている。何イチャイチャしているんだとでも言いたそうである。いいじゃん別に。


 しばらくするとミュラン侯爵がドラケン辺境伯を連れてサロンへやってきた。ドラケン辺境伯はもみあげからアゴまでつながる、立派なヒゲを生やしたダンディズムあふれる殿方だった。やだ、かっこいい。


「みんなそろっているようだな。こちらが東の辺境を治めるカール・ドラケン辺境伯殿だ」

「急にミュラン侯爵家を訪ねることにしたので、さぞ驚かせてしまっただろう。どうしても直接お礼を言いたくてな」


 にこやかにドラケン辺境伯がそう言った。そこからはお互いに自己紹介をする。俺が名乗りをあげると、それを聞いたドラケン辺境伯がウンウンと何度もうなずいていた。


 ドラケン辺境伯はどのくらい俺のことを耳にしているのかな? ミュラン侯爵が知っている情報はすべて知っていると思って良いだろう。あとはどのくらいプラスアルファを知っているかだな。


 ヒルダ嬢ともドラケン辺境伯は話をしているはずだ。そこからどのくらい俺の逸話が語られているか。なるべく話しすぎないように、慎重に話題を選ばないといけないな。


 まずは普通にドラケン辺境伯からお礼を言われた。俺たちが最初に提供した初級回復薬の三割程度がドラケン辺境伯家へ渡ったらしい。そしてその魔法薬を飲んで、ドラケン辺境伯家の騎士たちはとても驚いたそうである。


「ウワサには聞いていたが、実際にその魔法薬を飲んでみるまで信じられなかったそうだ。そしていざその魔法薬を飲んでしまったら、これまでの魔法薬は飲めないと大騒ぎになったぞ。もちろん私も飲んだ。そして同じように思ったよ」


 そう言って笑うドラケン辺境伯。サラッと怖いことを言ったな。初級回復薬を飲んだということは、戦場に出てケガをしたということなのだろうか。聞くのが怖い。ヒルダ嬢が頭を抱えているところを見ると、きっと出撃したのだろう。


「これからはミュラン侯爵家からその魔法薬が提供されると聞いている。期待しているぞ、レオン」

「は、はい! お任せ下さい」


 顔を上気させたレオン君が力強くそう答えた。自分の力が役に立つと分かってうれしいのだろう。師匠としても、弟子の実力が認められて喜ばしく思う。

 その後は森での戦闘の話になった。ミュラン侯爵も詳しい話は聞いていなかったようで、真剣な顔をして聞いていた。


 この辺りで魔物の氾濫があるのは非常に珍しい。そのため、この話は当主の手記に詳細に記されることになるだろう。遠い子孫の時代で同じようなことが起きたときに、速やかに対処することができるようにするために。


 ドラケン辺境伯の話の中には、とつぜん大雨が降ったこと、風が吹いたこと、そしてそれによって戦況がガラリと変わり、一転して討伐隊が有利になった話もあった。


 裏事情を知らないミュラン侯爵たちはそのことについて詳細に尋ねていた。そして結論として”やはり神の御業”として結論づけられた。

 真実はいつも一つ。だがその真実を言えないときもある。しょうがないね。

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