第441話 第二、第三の
「ミュラン侯爵様、ドラケン辺境伯様が近々いらっしゃると聞いたのですが、ヒルダ様のご婚約の件ですか?」
「ああ、聞いたのか。もちろんそれもある。それに加えてユリウス殿にもお礼が言いたいそうだ」
「私にですか?」
「ハイネ辺境伯家から提供された魔法薬の一部はドラケン辺境伯家へにも渡っているのだよ。そのお礼を直接言いたいそうだ」
「そうだったのですね。大変恐縮です」
東の辺境伯からお礼を言われることは想定していたが、ドラケン辺境伯が自らお礼に来るとは思わなかった。ミュラン侯爵領からそれほど離れていないとはいえ、一日で往復できる距離ではないのだ。それ相応の準備が必要になる。
「この周辺の復興具合も気になっているようだ。早め早めに進めておいて良かったよ」
ハッハッハと笑うミュラン侯爵。どうやら最近忙しそうにしていたのは、周辺地域の復興を最優先にして動いていたからのようである。頭が下がるな。領民だけでなく、ミュラン侯爵領の周辺に住む人たちにとっては心強い存在だろう。
ハイネ辺境伯家もそうあらねばならないだろうな。確かに領内は潤っている。だが、周辺はどうだろうか? ハイネ辺境伯家へ戻ったら、一度調べてみた方が良いだろうな。何か見落としがあるかも知れない。
これからみんなにドラケン辺境伯が来ることについての話があるようで、主要メンバーは全員、ミュラン侯爵家で一番大きなサロンに集まることになった。アクセルとイジドルもである。
残念ながら、騎士見習いとしてここへ来ているジャイルとクリストファーは呼ばれなかった。あとで詳細を教えることを約束して、俺たちはサロンへと向かった。
サロンにはすでにファビエンヌとヒルダ嬢、キャロの姿があった。
「ユリウス様、何かあったのですか?」
「東の辺境伯であるドラケン辺境伯様が近々こちらへ来るそうなんだ。その話があるんだよ」
「辺境伯様がこちらに……」
「そうだったのね。何も言われずにサロンに行くように言われたから、何事かと思ったわ」
キャロも知らなかったらしい。ヒルダ嬢もちょっと驚いているところを見ると、こちらも何も聞いていないようだ。
前もって話があっても良さそうだけど……この感じだと、急に行くことを決めたのかも知れないな。
「集まっているな。それではみんなに話がある」
ミュラン侯爵がドラケン辺境伯が来ることを告げた。かと言って、特に俺たちがすることはない。精々、ドラケン辺境伯がどんな人物なのかを聞いて回るくらいである。
ミュラン侯爵夫妻が退出すると、すぐに情報を集めて回った。
集めた情報によると、豪快な人物のようである。貴族としてのマナーについても、少々緩くても大丈夫そうだ。
「安心したよ。ガチガチの貴族を相手にすると肩が凝るからね」
肩を押さえながら、冗談交じりにそう言った。アクセルとイジドルも同じことを思ったのだろう。苦笑しているが否定することはなかった。
「それは言えてるな。……キャロに婚約者を見つけてきたとか言わないよな?」
「さすがにミュラン侯爵家とドラケン辺境伯家のつながりはヒルダ様だけで十分だと思うから、その可能背はほぼないんじゃないかな? ミュラン侯爵様がドラケン辺境伯様に相談していたら別だけど」
なんだか心配になってきた俺たちはそろってキャロを見た。キャロの顔が赤くなる。なんだかこちらまでムズムズしてきたぞ。イジドルの目が細くなっている。たぶんうらやましいんだろうな。
「そ、そんな話はないはずよ。もしあるのなら、アクセルに手紙なんて出さなかったわ」
どうやら東の地で起きた魔物の氾濫について、キャロはアクセルへ手紙を送ったようだな。それを読んだアクセルがイジドルを誘ってミュラン侯爵家へ行ったわけだ。
ただの手紙ならアクセルがミュラン侯爵家へ行くことはないだろう。そうなると、キャロがアクセルに”来て欲しい”といった趣旨の手紙を送ったことになる。
キャロは両親にそのことを話しているはずだ。許可が下りたということは、ミュラン侯爵夫妻がアクセルのことを認めたということになる。それならば、ドラケン辺境伯がキャロに婚約者候補を紹介するはずはない。
「なら大丈夫だよ。アクセルのことはキャロの第一婚約者候補として認定されているみたいだからね」
「第一婚約者候補……」
「そう。アクセルがふがいない態度をすれば、第二、第三の婚約者候補が現れることになるかもね」
「う」
アクセルの顔が引きつった。冗談ではない。父親が騎士爵を持っているとはいえ、貴族としては下っ端なのだ。油断すれば、高位の貴族に取って代わられる可能性は十分にある。
アクセルとキャロには幸せになってもらいたい。そのためには、多少は発破をかけないとね。
「アクセルはもっと積極的になった方が良いかもね」
「具体的にはどんな感じになんだ? イジドル」
「二人っきりのときに押し倒すとか?」
急に何を言い出すのかな、イジドル君。もしかして、ムッツリなのか? いや、違う、これは本の読み過ぎだ! きっとイジドルが読んできた本の中に、男女関係でそんな表現があったのだろう。押し倒してからどうするかの詳しい話は書かれていなかったはずである。
みんなが首をかしげる中で、ヒルダ嬢だけが顔を真っ赤にしていた。どうやらこの中でそのことを知っているのは俺とヒルダ嬢だけのようである。
どうしたものか。変なところでイジドルが恥をかかなくてすむように、何か対策を採っておくべきだろう。
ヒルダ嬢にどういう意味か聞くか? それはちょっと良くないような気がする。ここは俺が紳士的にイジドルに教えるしかないな。
「イジドル、ちょっと」
「ん? なに?」
イジドルに耳打ちすると、耳まで真っ赤になった。うぶな少年だな。やはり内容までは知らなかったようである。そのまま下を向いて沈黙するイジドル。知らないメンバーが顔を見合わせているところでお茶の時間を終わりにした。
これ以上、追求されると困る。特にファビエンヌが興味を持ってしまったら、どんな顔をして話せば良いのか分からない。
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