第440話 尾びれに背びれ

 さっきまでの疲れたあなたにさようなら。テンションアップ、やる気アップに定評のある初級体力回復薬を作って、レオン君に飲ませてあげた。


「プハー! スッキリ爽快! なんだか元気がハツラツとしてきましたよ」

「そういう効果の魔法薬ですからね。これがあれば、疲れたときでも、もうひと踏ん張りできますよ」

「こんな素晴らしい魔法薬があるだなんて……ボクのためにあるようなものですよ!」


 大げさである。だが言った本人は本気でそう思っているらしく、目を輝かせながら初級体力回復薬の作成に入った。

 効果を弱くしておいて良かった。この様子だと、たとえからかろうが、気にせず大量に飲んでいたはずだ。危なかった。


「ユリウス様、大丈夫なのでしょうか?」

「たぶん大丈夫だよ。需要はあるだろうからね。ミュラン侯爵家の騎士たちはもちろん、ミュラン侯爵様にも気に入ってもらえるはずだよ」


 ミュラン侯爵は毎日とても忙しそうなのだ。会うのはいつも夕食のときだけ。それ以外では執務室にこもっているか、視察のため出かけているかのどちらかである。体力と精神を相当すり減らしているのではないかと思っている。いつか倒れそうで心配だ。


「師匠、どうかしましたか?」

「なんでもないですよ。完成したら、さっそく騎士団に持って行きましょう。それから、ミュラン侯爵様に差し入れしてはどうでしょうか? レオン様の実力を改めて証明できると思いますよ」

「それは良い考えですね! 最近はお父様も疲れている様子ですし、これを飲めば元気になるかも知れません」


 どうやらレオン君もミュラン侯爵の疲れた様子に気がついているようだ。それもそうか。ここへ来て日が浅い俺でも気がついたのだ。ミュラン侯爵家のみんなが気がつかないはずはないか。


 完成した魔法薬はすぐにミュラン侯爵へ届けることになった。その間に俺は騎士たちに初級体力回復薬を届けることにする。調合室を出たところでレオン君と別れた。


「ふう、なんとか巻き込まれずにすんだな」

「よろしかったのですか? レオン様がミュラン侯爵様に尾びれ背びれをつけて、ユリウス様のことをお話しするかも知れませんが……」

「……ついて行けば良かったかな」


 だが今さら言っても後の祭りである。レオン君を信じて前に進むことにした。訓練場で合流したら詳しく話を聞こう。内容によっては、夕食まで訓練場の走り込みをレオン君にさせることにしよう。


「これはユリウス様、何かありましたかな?」

「差し入れを持って来たよ」

「これは! 初級体力回復薬ですな。ありがたい」


 一目見て、ライオネルにはそれが何か分かったようである。俺たちがここへやって来たのを聞きつけたのか、ジャイルとクリストファーもやって来た。その向こうからはアクセルとイジドルもこちらへ向かって来ているようだ。


「この初級体力回復薬はレオン様が作った魔法薬なんだよ。俺が作った魔法薬と遜色ないから、安心して使って欲しい。ミュラン侯爵家の騎士たちにもそう言っておいてよ」

「もちろんですとも。それにしても、ユリウス様と同等の魔法薬師としての腕を持っているとは。さすがはミュラン侯爵家のご子息ですな」

「さすが?」


 うなずくライオネル。ライオネルが言うには、かつてミュラン侯爵家の一族に魔法薬師がいたらしい。おばあ様よりも年齢が上だったとか。もしかすると、おばあ様と交流があったのかも知れないな。それでハイネ辺境伯家を頼ったという側面もあるのかも知れない。


 集まって来たミュラン侯爵家の騎士たちにも初級体力回復薬を勧める。もちろんレオン君が作った魔法薬であることをアピールしておいた。これでミュラン侯爵家でのレオン君の評価はうなぎ登りになるだろう。


「そういえばユリウス様、東の辺境伯であるドラケン辺境伯様が近々こちらへいらっしゃるそうですよ」


 ミュラン侯爵家の騎士団長がそう言った。恐らくその護衛任務が発令されているのだろう。最近特にミュラン侯爵が忙しそうにしていたのはそれも重なっていたからなのか。


「ドラケン辺境伯様がですか? 正式に討伐完了の報告に来るのですかね?」

「それもあるでしょうが、ヒルダ様のご結婚についてのお話もあるのではないでしょうか」

「なるほど。もうその段階にまで進んでいるのですね」


 ハイネ辺境伯家はどうなんだろうな。花嫁修業としてダニエラお義姉が冬の間滞在していたことだし、近いうちにそんな話があっても良いと思う。もしかすると、俺がいない間に話が進んでいるのかも知れないな。ハイネ辺境伯家に帰ったら急ピッチで結婚式の準備が進んでいた、なんてこともありそうだ。


「な、なんだこの魔法薬……みなぎって来た!」

「ウオオオ! 血潮が燃えるような気がする!」


 初級体力回復薬を飲んだミュラン侯爵家の騎士たちが元気になってきた。相変わらずどんな顔をすれば良いのか分からない反応をするよね。どうやら疲れが蓄積されている人ほど、反応が強く出るような気がするんだけど……。


 元気になった騎士たちが筋トレをしているとレオン君が戻ってきた。ミュラン侯爵を連れて。

 その顔は夕食のときに見る、ちょっと疲れた顔ではなくて、元気ハツラツでツヤツヤした顔だった。


 ……ミュラン侯爵はずいぶんと疲れていたようである。そしてその反動でものすごく元気になったのだろう。一緒にいるレオン君も笑顔である。

 やはり初級体力回復薬の作り方を教えたのは良くなかったか。でも、体力のないレオン君を鍛えるためには必要不可欠だと思ったんだよね。


「ユリウス殿、いつも息子が世話になっている。とても助かっているぞ」

「い、いえ、そんなことはありませんよ。とても優秀なので、教える私も気が引き締まる思いですよ」


 引きつりそうな顔を叱咤して、必死に笑顔を作った。

 レオン君、キミ、一体どんな報告をミュラン侯爵にしたのかな? 俺への態度が、なんだか尊敬に満ちたものになっているんだけど。やはり一緒について行くべきだったか。


 その後、レオン君とミュラン侯爵がこの魔法薬がどれだけ素晴らしいかをハイテンションで話し、騎士たちも同じようなテンションで初級体力回復薬を褒めた。ライオネルたちもニッコリである。できれば止めて欲しかった。

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