第439話 運動不足

 慣れた手つきで魔法薬を作るレオン君。もう俺の指導は必要ないような気がする。あとはこれまで作ってきた魔法薬の作り方を教えれば俺の仕事は終わりなのだが、果たしてそれをやっても良いものか。


 味つきの初級回復薬は、既存の初級回復薬の延長上にあるものなので問題ないが、新しい魔法薬を教えるとなると話が変わってくる。


 いつものようにおばあ様から引き継いだ本に書いてあったことにすれば良いのだが、レオン君がどこまで信じてくれるかが問題だ。俺のことを師匠と呼んでいるくらいだからね。信仰心が高すぎる。


「どうしたんですか、師匠?」

「ああ、えっと、レオン様もたまには運動をした方が良いのではないかと思いましてね」


 引きつった顔をするレオン君。嫌そうである。室内作業だからと言って運動しないのはダメだろう。やはりランニングくらいさせるべきだな。


「その魔法薬を作り終わったら訓練場へ行きましょう。そして走りましょう」

「どうしてもやらなきゃダメですか?」

「ダメです。ヒルダ様もキャロもレオン様が運動しないことを気にしていましたよ」

「……分かりました」


 渋々うなずくレオン君。どれだけ運動するのが嫌なんだ。まあ今は暑い季節だし、仕方がないか。コールドクッキーを食べさせてから訓練場へ向かうとしよう。

 今のミュラン侯爵家の訓練場にはシャワーの魔道具があるからね。汗をかいてもスッキリすることができるぞ。


 その後、訓練場へ向かった俺たちはさっそく走り込みを始めた。訓練場にいた騎士たちがそんな俺たちの姿を見てざわついている。きっとレオン君が運動しているからだろう。そんなにペースは速くないのだが、すでにヒイヒイ言いながらついてきている。


「レオン様、学園で運動はしていましたか?」

「も……もちろんだよ。ハアハア、学園では護身術の授業があるからね、ハアハア……」

「授業の中で体力作りの時間はありましたか?」

「ない……かな。女の子たちも一緒だからね」


 そりゃダメだわ。学園に入るようなお嬢様を走らせるわけにはいかない。そうなると、棒立ちの状態で護身術の練習をすることになるはずだ。それだと技術は身についても、体力はつかない。どうしたものか。


「レオン様、これからは毎朝、私たちと一緒に運動をしましょう」

「それだと魔法薬を作る時間が……」

「やらないのであれば、魔法薬の作り方を教えません」

「やります! 全力でやらせていただきます、師匠!」


 うん、忠誠度が高いことは良いことだ。レオン君には健康的な魔法薬師になってもらいたいところである。あとはトレーニングの内容を考えないといけないな。イジドルと同じにするか。イジドルが毎朝やっている運動は魔導師用のものだからね。そこまでハードではない。今のレオン君でもついていけるはずだ。


 何度も休憩を挟みながら、なんとか予定していた走り込みを終えた。思った以上にレオン君の体力がない。これはご令嬢並みだな。このままだと、将来、レオン君の結婚相手を探すのが困難になりそうだ。師匠としてどうにかしないと。

 シャワーを浴びてから近くの休憩所に行くと、レオン君がへたり込んだ。


「も、もうダメ……」

「よく頑張りましたよ、レオン様。このまま続ければ、人並みの体力が身につくはずです。それで、新しい魔法薬についてのことなんですが」

「はい!」


 シュタッとレオン君が起き上がった。もしかすると、魔法薬で釣ればいくらでも走ってくれるんじゃないかな? 一度試してみようかな。そんなレオン君の様子を見たネロがあっけにとられていた。


「実は私が作っている魔法薬は、おばあ様から教えてもらったものなのですよ」

「ジョバンニ様からもそう聞いています。あの高位魔法薬師のマーガレット様が師匠の師匠なのですよね?」

「そうです。おばあ様が内緒で私に魔法薬の作り方を教えてくれたのですよ」


 うなずくレオン君。どうやら納得しているようだ。レオン君にウソを言うのは心苦しいが、良い感じに理解してくれているようである。これなら俺が教えたと言うことはないだろう。でも念には念を入れておこう。


「その魔法薬の作り方をレオン様に教えると言うことは、間接的にレオン様もマーガレットおばあ様の弟子になるわけです」

「ボクがマーガレット様の弟子……!」


 感動しているようである。よしよし。裏事情を知っているネロがあきれた様子で俺のことを見ているが、見なかったことにした。良いんだよ、これで。俺が教えたとなれば問題になるだろう。しかし、おばあ様から引き継いだ魔法薬の作り方を教えただけだとなれば問題ないのだ。魔法薬の本を俺が持っていることはまだ秘密だからね。


「レオン様にもしっかりと作り方を引き継いでいただきたいと思います」

「任せて下さい、師匠! そうなると、ファビエンヌ嬢もマーガレット様の弟子になるわけですね」

「ええと、そうなるのかな?」


 ファビエンヌにそんなことを言った覚えはないが、たぶん大丈夫だろう。ファビエンヌのことだ。きっと空気を読んでくれるはずである。信じてるよ。

 これで下準備は整った。遠慮なくマーガレット様が開発した魔法薬として、新しい魔法薬をレオン君に教えることができるぞ。


 先ほどまでのへたり具合はどこへやら。元気になったレオン君を連れて、調合室へと向かった。まずは体力のないレオン君を補助するために、初級体力回復薬の作り方を教えることにしよう。これがあれば、レオン君でもそれなりに動けるようになるはずだ。

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