第437話 実力を認められる

 空になった魔法薬のビンを手に取り、まじまじと見つめるミュラン侯爵夫人。その隣に座っているヒルダ嬢も、夫人の手元をのぞき込んでいる。


「魔法薬がおいしいだなんて、信じられないわ」

「あら、私は魔法薬がおいしいことを知っているわよ。さっき、コールドクッキーという魔法薬を食べさせてもらったもの。そのおかげで、今もこの通り涼しいわ。こんな魔法薬があるだなんて思っても見なかったわ」

「コールドクッキー……」


 夫人もだんだんと魔法薬に興味を持ち始めたのか、その目つきが変わったような印象を受けた。それでもまだ、ゲロマズ魔法薬のころの記憶があるのか、疑う素振りもあるけどね。


「レオンも一緒に魔法薬を作ったのでしょう? 見せてちょうだい」


 ここぞとばかりに自分で作った魔法薬をヒルダ嬢へ差し出すレオン君。この場でヒルダ嬢が使ってくれれば、母親に自分の実力を知ってもらえるチャンスだと思っているのだろう。


「これがそうだよ。師匠に教わって作ったから、効果と味は保証するよ」

「あー、いや、使わないわよ?」


 ためらうヒルダ嬢。おいしいことは知っているが、使う勇気があるのとは別問題なのだろう。初級回復薬のフタを開けることはなく、色を確認していた。見た目からしても、これまでの物とは別物であることは一目瞭然のはずだ。


「レオン、使ってみても構わないかしら?」

「お母様? それはもちろん構いませんけど……」


 みんなの注目が夫人に集まった。魔法薬を志そうとする者が二人になったのだ。魔法薬の現状を知るべきだと思ったのだろう。その表情は決意に満ちていた。ヒルダ嬢が恐る恐る夫人に初級回復薬を渡す。


「ヒルダも一緒に飲むわよね?」

「ふぇ! も、もちろんですわ」


 今なんかすごい声がヒルダ嬢から出たぞ。自分に振られるのは予想外だったのだろう。ものすごく慌てている。だが夫人はそんなヒルダ嬢のことなどお構いなしに、使用人が持って来たカップに初級回復薬をそそいだ。


「あら、さっきよりも香りが良いわね」

「本当だわ。さすがは学園で学んでいるだけはあるわね」


 どうやらヒルダ嬢はレオン君の実力を認めてくれているようである。うなずいているところを見ると、夫人も認めたのだろう。二人はカップを持ち、お互いに目を合わせると、グッとカップを傾けた。二人とも目をつぶっている。よほどの覚悟を持って飲んでいるようだ。


「あ、甘いわ。本当に甘い! それにこのスッとした感じが爽やかで良いわね」

「うん、さすがはユリウス君が教えただけはあるわね。魔法薬に対して持っている常識が覆りそう」


 夫人が驚きの声をあげ、ヒルダ嬢が何度もうなずいている。どうやらヒルダ嬢の中でも、俺は特別な存在のように扱われているようである。

 つかみはオーケーと言った感じかな? レオン君がガッツポーズをしている。キャロもなんだかうれしそうだ。


「ユリウス様、良かったですわね」

「そうだね。魔法薬師の仲間が増えたみたいだよ」


 ファビエンヌと一緒にコッソリと笑っていると、ミラが自分を忘れるなとばかりに間に割り込んで来た。そうだった。大人しくしていて偉いぞ、ミラ。二人でミラをなでている間に、ミュラン侯爵家の人たちは魔法薬の話で盛り上がっていた。これならミュラン侯爵家で魔法薬師が忌避されることはないだろう。


 その日の夕食の席でも魔法薬の話になった。今度はミュラン侯爵も加わっている。詳しい話を夫人や使用人から聞いているようで、すでにレオン君の実力とキャロが魔法薬に興味を持ったことも知っているらしい。


「キャロ、色々なことに挑戦してみると良い。魔法薬だけではなくてな」

「そうね。魔法薬師は選択肢の一つ。ヒルダのように刺繍をやってみるのも良いかも知れないわ」


 ミュラン侯爵夫妻はキャロに色んな経験をさせたいようである。その中で、キャロのやりたいことを応援するつもりのようだ。

 なかなか広い心を持った両親だと思う。ほとんどの貴族は淑女としてふさわしい行動をしなさいと言うはずである。


 そう考えると、俺の両親も心が広いな。何しろロザリアが魔道具師になることを許しているのだからな。それを言うと、アンベール男爵家もか。普通の貴族なら刺繍にしなさいと言われているところである。


「そうねぇ、キャロも刺繍をやってみない? 面白いかも知れないわよ」

「そうですわね。やってみようかしら?」


 ヒルダ嬢の誘いにキャロが乗った。両親の問いに、それもそうだと思ったのだろう。俺もそれで良いと思う。せっかく今を生きているのだから、好きなこと、楽しいことをしなくちゃね。


「ファビエンヌさんも一緒にどうかしら?」

「ご一緒させていただきますわ」


 ファビエンヌがうなずいた。魔法薬ばかり作っていても飽きるかも知れないからね。それにレオン君が帰ってきたことで、調合室を使うことがはばかられたのだろう。俺はレオン君に魔法薬の作り方を教えるという名目があるけど、ファビエンヌにはそれがないからね。


 これからしばらくはファビエンヌとは別行動になりそうだな。ミラはファビエンヌにあずけておこう。これで寂しくはないはずだ。俺には頼れる相棒のネロがいるからね。あ、俺が刺繍に参加するのもありか。鍛え上げた『裁縫』スキルが火を噴くぜ! やりすぎに注意だな。


 そのあと俺はアクセルとイジドルからたまには訓練場に来るようにと言われた。どうやら二人とも、俺から剣術や魔法を教わるのを楽しみにしているようだ。

 二人の期待は裏切れないな。これからは魔法薬の作成はレオン君に任せて、他のことをするようにしよう。

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