第436話 お味はいかが?

 湯気が上がり始めた片手鍋をジッと見つめるキャロ。レオン君に改良版の初級回復薬の作り方を教えると、危なげなく作り終えた。それで今はキャロが改良版の初級回復薬を作っているところなのだ。


 品質の高い魔法薬を作るためには沸騰させないのがポイントである。そのため、沸騰しそうになったら、サッと鍋を火から離さなければならない。それを見極めることができれば、もう立派な魔法薬師と言えるだろう。


 サッと火から鍋を離すキャロ。それを何度か行い、初めてキャロが作った魔法薬が完成した。品質には問題なし。すぐにでも兵士たちに使ってもらえるだろう。


「完成しましたわ?」

「うん。ちゃんと初級回復薬ができているよ。そのあたりの見極めはまだできないみたいだね。でも、何度も作っていれば、そのうちなんとなく分かってくるよ」

「感覚、ですのね」


 出来上がった魔法薬をしみじみと見つめるキャロ。レオン君もそれを真剣な表情で見てる。ライバルが現れたとでも思っているのかな? そんなわけないか。かわいい妹にライバル心を燃やす兄などいない。たぶん。


「こんなに簡単に初級回復薬を作るだなんて。キャロに才能があったのか、それも師匠の教え方が良かったのか……」


 考え込むレオン君。後者だと思う。キャロの手つきはおぼつかないところがあったし、何度もアドバイスをしたからね。一度見ただけで作れるようになったレオン君の方がよほど才能がある。


「ユリウスの教え方が上手だったからですわ。私はお兄様みたいに、見ただけでは作れませんもの」

「そうかな? まあ、ボクはキャロよりも経験値が高いからね。当然と言えば当然かな」


 妹に褒められて照れたようにほほをかくレオン君。よしよし、どうやら大丈夫そうだな。ミュラン侯爵家に争いの火種を持ち込むことにならなくて良かった。せっかくなので、初めて自分で作った魔法薬を使ってもらうことにした。もちろん俺たちも飲む。


「俺が作ったのとほとんど変わらないね」

「ちょっとスッとする香りが弱いような気がしますね」

「時間をかけすぎたかも知れないね。今度はもう少し思い切りやると良いかも」


 俺には同じように思えたが、キャロとレオン君には違う風味に感じたようだ。鑑定結果は同じだったので、ちょっと差なのだろう。さすがは侯爵家の子供なだけあって、味には敏感なのかも知れない。


 キャロは自分が作った魔法薬を半分残した。毒味の結果、問題がなかったのでアクセルに飲ませることにしたようである。アクセルのことだ。どんなにゲロマズな魔法薬だったとしても、キャロが作ったとなれば、「うまい、うまい」と言って飲むはずである。


 調合室からサロンへ戻ると、ちょうど訓練へ行っていたみんなも戻って来ていた。アクセルとイジドルはシャワーを浴びてから戻って来たようで、爽やかな香りがしていた。

 どうやら石けんを使って体を洗ってきたようである。ミュラン侯爵家には香りつきの石けんが常備されているのか。さすがだな。


「二人ともお疲れ様。シャワーはどうだった?」

「問題なし。やっぱりあれは最高の魔道具だな」

「おかげで汗を気にせずに訓練できるよ」


 分かっていたけど好評のようである。早く国中に出回って、みんなに快適さを提供して欲しいものである。魔石代がちょっとだけかさむのが玉にきずか。でも魔石の需要がもっと増えれば、冒険者ももっと魔物を狩るようになってくれると思うんだよね。そうなれば、国中の町や村がより安全になるのだ。良いことしかないな。


「そっちはどうだった?」

「フッフッフ、それがさ」


 そう言ってキャロを見た。キャロは一つうなずくと、こわばった顔をして魔法薬を取り出した。半分だけ入った魔法薬のビンを見て、アクセルとイジドルが首をかしげた。その場にいたミュラン侯爵夫人も首をかしげている。事情を知っているヒルダ嬢は楽しそうな顔をしてみんなを見ていた。


「あの、キャロ、これは?」


 ズズイと目の前に押し出された魔法薬を見て、アクセルが困惑の表情を浮かべる。察しがついたのか、イジドルと夫人が「まさか」みたいな表情でキャロと魔法薬を見比べていた。


「私が作った初級回復薬ですわ。味は確認していますので問題はないはずです。その、私が初めて作った魔法薬なので、アクセルにも飲んでもらいたいなと思って……」

「まさか本当にキャロが作ったの?」


 困惑する夫人。目頭を押さえ、涙を流すアクセル。かなりの重症のようである。そんなに猛烈に感動することでもないと思う。見方によっては人体実験されているようなものだからね。今後は毒味役として使われそう。ドンマイ。


「もちろんいただくよ。……えっと、ミュラン侯爵夫人も飲んでみますか?」


 気を利かせたつもりのアクセルだったが、ゲロマズ魔法薬しか知らない夫人にとってはとんでもない提案だったようである。鬼を見るかのような目でアクセルを見ていた。それを敏感に察したイジドルが自分も飲みたいと言ってくれた。イジドルは良く気が利く優しい子である。


「それでは失礼して」

「うん。スッとする香りだね」

「あら、本当だわ」


 夫人の顔から険しさがなくなった。ちょっと興味を持ったようである。二人が水でも飲むかのような感じで魔法薬を飲んだ。それを信じられない物を見るかのような目で夫人が凝視している。


「甘くておいしい。良くできた初級回復薬だね」

「おいしいね。これなら抵抗感なく飲めるよ」


 二人の反応に驚いたのか、夫人が目を大きく見開いていた。アクセルが太鼓判を押してくれたのでうれしそうな表情になるキャロ。自分の作った物がだれかの役に立つという体験は、キャロにとって大きな自信につながるだろうな。それが魔法薬師としての大きな一歩になると思う。


 まあ、まだ世の中はゲロマズ魔法薬であふれているので、前途多難なんだけどね。同志が一人でも増えることはうれしいことである。アクセルとイジドルの反応を見れば、夫人もキャロが魔法薬師になることに悪い印象は持たないだろう。

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