第434話 レオン君の実力

 お茶の時間が終わると、今度はミュラン侯爵家の庭の一角にある薬草園へレオン君を案内した。ミュラン侯爵家にすでに薬草園があると聞いて、レオン君は目を大きくしたあとで大きく飛び跳ねた。それを見たミュラン侯爵夫妻が頭を抱える。お、俺のせいじゃないぞ?


「すごい! 学園にある薬草園よりは小さいですけど、薬草や毒消草がこんなに生き生きと成長しているだなんて。ん? これは……まさか魔力草? 栽培できるのですか!」


 薬草園に突っ込んで行ったレオン君は生き生きとしていた。今回はストッパー役としてヒルダ嬢にも来てもらっている。ミュラン侯爵一家の中で一番、レオン君に強く出ることができるのが彼女なのだ。

 だがしかし、そんなヒルダ嬢も薬草園を見てびっくりしていた。


「いつの間にこんなものができていたの? 一ヶ月ほど前にここへ帰って来たときにはこんなものなかったはずよ」

「お姉様、これはユリウスがここに来てからすぐに作った薬草園ですわ。ミュラン侯爵領までの道のりで、魔法薬の素材となる薬草が生えていなかったそうなのです。それでお庭で育てることにしたのですわ」


 それを聞いて若干引きつった笑顔でうなずくヒルダ嬢。まさかこの短期間で? とでも言いたそうだ。そして何かに気がついたようである。薬草園の近くに突き出ている魔道具を見ていた。その視線につられてレオン君もそれを見る。そして首をひねった。


「師匠、この魔道具はなんですか?」

「ああ、それは散水器の魔道具ですよ。時間が来たら勝手に水をまいてくれるようになってます」


 もちろんまかれる水は魔力水である。それによって薬草たちも元気良く、スクスクと育つことができるのだ。もちろん植物栄養剤の効果もあるけどね。ヒルダ嬢が”まさか”みたいな目でこちらを見ている。鋭いな。


「初めて見る魔道具ですね。学園の薬草園にはありませんでしたよ。みんな井戸からじょうろに水を入れて、水やりをしていますからね」

「ねえ、ユリウス、この魔道具はあなたが作ったのよね?」

「えっと、正確にはこの魔道具を設計したのはロザリアなんですよ。私はそれと同じ物を作っただけです」

「いつの間に……それにロザリアちゃんまで魔道具を作り出せるようになっているだなんて」


 さすがのヒルダ嬢もあきれているようだ。散水器の魔道具の制作をロザリアに任せておいて良かった。これで俺が作ったとなれば、ミュラン侯爵領で尾びれ背びれがついて、あらぬウワサが流れるところだった。


「お姉様、ユリウスが作ったのはこれだけじゃありませんわ。他にもシャワーの魔道具やお星様の魔道具の改良版も作ってくれたのですよ。半日で」

「半日で」

「半日で」


 ヒルダ嬢とレオン君が同時につぶやいた。そしておびえるような目で俺を見ている。自分のほほが引きつったような気がした。あとでキャロにはお仕置きが必要だな。ほっぺたプニプニの刑だ。


「レオン様、ここにある素材は自由に使って良いですからね。他にも植物栄養剤を用意しておいたので、一緒に使って下さい。それを使うとスクスクと植物が育つのですよ」

「ごまかしましたわね」

「さすがは師匠。万事抜かりなしですね!」


 ジットリと見つめるヒルダ嬢。ガッツポーズをするレオン君。これはもう、筋金入りのユリウス信者だな。

 薬草園ではいくつか薬草と毒消草を採取しておいた。もちろんこれからレオン君の実力を見せてもらうつもりである。


 一緒にキャロとヒルダ嬢も調合室へ連れて行こう。そこでレオン君の実力を見てもらえば、先ほどまでの悪い印象を良くすることができるかも知れない。まずはレオン君の心象改善をするべきだろう。このままだと、「魔法薬師になるのはやめろ」とミュラン侯爵に言われかねない。


「これからレオン様の実力を見せてもらおうと思います。ヒルダ嬢とキャロも一緒にどうですか?」


 俺の振りに顔が引きつる二人。二人にとって魔法薬はまだゲロマズの印象が強いのだろう。キャロはコールドクッキーを食べたことがあるからそこまで悪い印象を持っていないと思っていたのだけれど、あれはある意味でお菓子みたいだったからな。別物だと思われたのかも知れない。


「お姉様、キャロ、二人にボクの今の実力を見て欲しいんだ。ダメかな?」


 どうやらレオン君も自分の評価が大きく下がっていることに危機感を覚えているようだ。その理性があるならまだ大丈夫そうだな。信頼感が大事であることはわきまえているようだ。


 子犬のように二人を見つめるレオン君に負けたようである。渋々ではあるがうなずいた。大丈夫、俺とファビエンヌがついているからね。ヤバそうな調合を始めたらすぐに力尽くで止めるから。


「ここが調合室なのね。話には聞いていたけど、入るのは初めてね」

「私もですわ。なんだか甘い匂いがしますわね?」

「ああ、コールドクッキーの追加を作ったからね」

「コールドクッキー? なんですか師匠それ!」


 レオン君が食いついて来た。その様子はおなかをすかせた子犬である。しょうがないのでコールドクッキーを食べさせた。もちろんヒルダ嬢にも、効果を説明して食べさせた。ヒルダ嬢は恐る恐るではあったが食べてくれた。


「これは……クッキーね」

「お姉様、ただのクッキーじゃありませんよ。おいしいクッキーです!」

「そうね」


 大変そうだな、ヒルダ嬢。それも魔法薬の一種だと言うとものすごく驚いていた。レオン君は「さすが師匠!」と目を輝かせている。すぐに作り方を教えて欲しいと頼まれたが、「先にレオン様の実力が見たいから」と言ってなんとか押しとどめた。このままだと話がすすまない。


「それではレオン様、基本の初級回復薬を作って下さい」

「任せて下さい」


 レオン君の目の色が変わったような気がした。先ほどまでの子犬っぷりはどこへやら。今は真剣な顔つきをしており、口は真一文字に結ばれている。……いつもそうしていたらミュラン侯爵家一同は安心すると思うんだよね。


 そのままレオン君は無難な手つきで初級回復薬を作りあげた。俺が最初に作った、無味無臭の初級回復薬である。この作り方は学園で学んだのかな? それともジョバンニ様?

 気になったので聞いてみると、どうやらジョバンニ様が学園で教えた作り方のようである。


「良くできていますね」

「すごいわね。嫌な匂いがしなかったわ。レオンもなかなかやるじゃない」

「これが初級回復薬なのですね。初めて見ました」


 ヒルダ嬢はレオン君の実力を認めてくれたようである。レオン君を見る目から険しさがなくなった。キャロは出来上がった魔法薬を興味深そうに見ていた。

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